
皇室典範の改正を巡る論議で、欠けている視点があるような気がしてなりません。それは、戦後3代の天皇家が熱心に続けてきた戦没者慰霊の旅に象徴される「平和主義」を、特に安倍元首相や高市首相が嫌い、それが政権主導の皇位継承問題に影響を与えたのではないかという視点です。現在の天皇家と距離を置いた皇位継承にしたかったのでしょう。
昭和天皇は、太平洋戦争への無謀な突入と無残な日本の敗戦に責任があることを認識していた。戦没者慰霊の旅を続けることで、少しでも懺悔の気持ちを表したかったのでしょう。慰霊の旅を平和への祈り、願いにしたかった。私はそう想像します。
東条英機元首相らA級戦犯(平和に対する罪で訴追)14人が、1978年(昭和53年)に靖国神社に合祀されて以来、昭和天皇は靖国参拝をやめました。参拝を続ければ、天皇自らの反省を取り消すことになってしまうと考えたのでしょう。ですから、A級戦犯の合祀は天皇にとって許しがたい。これは天皇が抱く「平和主義」の一端だと私は思います。
昭和天皇の「平和主義」は、平成、令和の天皇にも引き継がれてきたと考えていい。戦後3代の天皇家が示してきた「過去の戦争に対する深い反省と、戦争の惨禍を繰り返してはならない」という「平和主義」は、保守的な政治権力者にとって目障りな存在なのかもしれません。
平和主義と戦後レジームからの脱却との距離感
「戦後レジームからの脱却」「積極的平和主義」といった国家観、歴史認識を持つ安倍元首相、高市首相と、戦後3代の天皇家の「平和主義」には、根本的な隔たりがあるとの解釈が聞かれます。同感です。
平成の天皇は硫黄島(1994年)、沖縄・長崎(1995年、戦後50年の年)、かつての激戦地で多くの日本兵が亡くなったサイパン(2005年)、パラオ(2015年)、フィリピン(2016年)を訪問しました。令和の天皇も硫黄島を訪問するなど、「平和主義」の意思は引き継がれ、長女の愛子さまにも伝わっていくに違いありません。
2015年でしたか、安倍政権が安保法制を修正し、集団的自衛権の容認や自衛隊の海外活動の拡充に注力していた時、平成の天皇夫妻がパラオへの戦没者慰霊の旅に出ました。その時のテレビニュースが強く私の印象に残っています。
慰霊の旅にしてはかなり長時間の放映で、不思議に思っていると、その直後に安倍政権による安保法制の修正・拡大のニュースが続きました。順番は逆だったかもしれません。私は「ニュースキャスターが安保法制の修正・強化をけん制する意図で、天皇の慰霊の旅を意図的に長時間流し、その後に安保法制問題のニュースを流したに違いない」と思ったのです。
安保法制の拡充と平和主義は両輪のはず
もちろん、国際環境は変わり、国際平和の維持に対する日本の責任や認識を修正していくべきですし、安保法制の修正・強化は必要です。同時に、天皇の願う「平和主義」の意思と両輪でなければならない。そう番組は強調したかったのだと推察します。
今回の皇室典範の改正では、天皇の長子による皇位の継承、すなわち女性・女系天皇の容認は議論の対象にならず、旧宮家の男系男子から養子を迎えること、つまり現在の天皇家と距離のある皇位継承を容認することが決まりました。安倍政権、高市政権の政治的意図が働いていたのは間違いない。「だから政権は天皇家に冷たい。距離を置きたかった」と思ったのは、私だけではないでしょう。
さらに世論調査では、女性・女系天皇の容認を支持する声が圧倒的に多い。愛子さまを待望する声も強い。これが政権にとって目障りなのです。天皇3代が築いてきた意思が国民に共感され、親近感を覚えさせる人気の高い存在は目障りなのです。政治権力より皇室が目立つことを、政権は忌避したいのです。
宮中で祈っているだけでいいのか
天皇は戦没者慰霊の旅ばかりでなく、大災害・大震災の被害者を慰める旅にも熱心です。これに対し、「天皇は宮中にいて祈っているだけでいい」という学者がおりました。2016年の有識者会議で、上智大の渡部昇一氏は「天皇の仕事の第一は国民のために祈ることであり、国民の目に触れなくても任務を怠ったことにならない」と主張しました。「慰霊、慰問の旅のように目立つことはするな」という思いは、渡部氏に限らず、保守派や神道関係者に共有されているのでしょう。
明治以前の天皇、明治・大正の天皇、太平洋戦争に関わった天皇、敗戦・戦後の天皇のあり方は違いますし、違わなければならない。「宮中で祈っているだけでいい天皇ではなく、天皇の戦争責任の自覚や慰霊の旅といった行動が伴うべきだ」と思います。
皇位継承でとった政権の姿勢には、「天皇はできるだけ目立たない存在でいい」という思いがあったのだろうと考えます。
編集部より:この記事は中村仁氏のnote(2026年7月20日の記事)を転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は中村仁氏のnoteをご覧ください。







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