米国が日本円を支えるという、極めて異例の事態が起きた。ロイターが撮影したベッセント米財務長官の手元のメモには、「To Do(やること)」という見出しの下に、「日本円を50億~100億ドル買う」と書かれていた。(Reuters)

財務長官のメモに書かれていた「円を買え」
写真は7月31日、トランプ大統領が主宰したキャンプデービッドでの閣議中に撮影されたものだ。その約2時間前、米財務省がニューヨーク連銀を通じ、複数の銀行に対して円市場へ介入する可能性を伝え、「今後の行動に備えるように」と要請した。
英フィナンシャル・タイムズは、ニューヨーク連銀が実際にユーロを売って円を購入したと報じている。円を買い支える米国の直接介入は、1998年以来の異例の行動である。米財務省は現時点で正式な説明をしていない。
直前には日本政府も、最大約590億ドル、約8.2兆円規模とみられるドル売り・円買い介入を実施した。ドル円相場は一時1ドル=163円台後半まで円安が進んでいたが、日米の動きを受けて157円台まで急落した。ちょうど日銀が政策金利を1.0%で据え置いたことも、この流れを後押しした。

日本経済新聞
50億ドルよりも重い「米国が味方だ」というシグナル
ベッセント氏のメモにある50億~100億ドルという金額は、日本政府が投入したとみられる約590億ドルに比べれば小さい。したがって、今回の介入の本当の武器は資金量ではない。「これ以上の円安を米国も容認しない」というメッセージである。
日本単独の介入であれば、市場参加者は「円が上がったところで再びドルを買えばよい」と考える。過去の介入でも、いったん円高になった後、日米の金利差や日本の財政不安を背景に円安へ戻るパターンが繰り返されてきた。
しかし米財務省とニューヨーク連銀まで出てくると、米国がどこまで円を買うのか、どの水準を防衛線と考えているのか分からないため、投機筋は円売りポジションを維持しにくくなる。
ベッセント氏自身も、円は「非常に過小評価されている」「均衡価格を大きく下回った」と述べ、過度な変動は健全ではないとの認識を示している。意図的にメモを見せたのか、単なる不用意な露出だったのかは不明だが、結果として写真1枚が数十億ドルの実弾以上の効果を発揮した。
日本救済ではなく米国の国益
もっともベッセント氏が日本国民の輸入物価を心配して円を買ったわけではない。過度に安い円は、日本企業に価格競争上の優位を与える。日本車や機械、電子部品はドル換算で安くなり、反対に米国製品は日本市場で割高になる。貿易赤字の削減を重視するトランプ政権にとって、1ドル=160円を超える円安は、容認しにくい水準だった。
米財務省は1月に公表した為替報告書でも、貿易相手国による通貨安誘導や「不公正な競争上の優位」を厳しく監視する方針を示している。極端な円安が、米国の通商政策と衝突したのである。(U.S. Department of the Treasury)
もう一つ考えられるのが、米国債市場の防衛だ。米国は今年、10兆ドルもの国債を借り替えなければならない。超低金利の円は、世界のヘッジファンドのキャリートレードの最大の資金源になっている。
日本が介入すると円が上がり、キャリートレードが巻き戻される。今回の日本政府の介入観測と同時に米国債利回りが上昇し、市場ではドル売りへの警戒が強まった。1.2兆ドルの米国債を保有する日本政府が米国債を売っては困るのだ。
米国が自ら円買いに参加すれば、日本だけが米国債を売って介入資金を捻出する必要を多少なりとも減らせる。財政赤字が膨らみ、長期金利上昇に神経をとがらせる米国にとって、これは無視できない利益である。(Barron’s)
日本に与えられたのは「時間」にすぎない
今回の「ベッセント介入」の目的は、円の適正価格を決めることではない。日米当局が円安の一方通行に終止符を打ち、市場の予想を反転させることにある。
だが、為替介入は日本経済の根本問題を解決しない。日本銀行は政策金利を1%に据え置いた。米国との金利差は依然として大きく、高市政権は大型投資や消費税減税など、財政拡張的な政策を進めようとしている。
円安の流れが残ったまま政府が市場で円を買っても、効果は長続きしない。今回の介入によって、日本政府は時間を買ったが、その時間を使って日銀が金融政策を正常化し、政府が財政規律を回復できるかが問われる。
それができなければ、異例の「ベッセント砲」は、円安の流れを変えた歴史的介入ではなく、1ドル=160円台から一時的に押し戻しただけの壮大な時間稼ぎに終わるだろう。







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