黒坂岳央です。
「FIRE達成!」という発信は後を絶たない。会社を辞め、資産運用だけで生活するスタイルに憧れる人は多い。
だが一度、FIREした人間は「FIREブランドとプライド」があるので、自らは積極的にいわない現実がある。それはFIRE後に再び雇われの立場に戻る人間は意外と少なくないという事実である。
自分自身、30代で一度フルFIREを経験したが、筆者はずっと遊んだりのんびるするよりバリバリ働く方が楽しくて再び働き始めた立場である。FIRE後に雇われで働いた経験はないが、自身の経験から実態は分かるつもりだ。持論を述べたい。

「FIRE卒業」というキーワード
一時期、「FIRE卒業」という言葉がSNSで話題になったことがある。FIREを終えて、また働き始めるという意味で使われていた表現だ。言葉の響きだけ見れば前向きに聞こえるが、中身を見れば実態は「撤退」に近い。
そもそもFIREを目指す動機の大半は、労働そのものへの忌避感である。会社に縛られたくない、上司の顔色を窺いたくない、通勤に人生を削られたくない。そうした理由でリタイアを決めた人間が、数年後に再び労働市場へ戻るとしたら、それは当初の目的が達成できなかったということに他ならない。
仕事をやめるのはとてつもない勇気が必要だ。自分は週末起業で事業の売上を作ってから脱サラしたが、それでも不安がなかったといえば嘘になる。資産運用しか収入源がないなら、その不安は尋常ではないはずだ。
それでも退職を選んだのは並々ならぬ覚悟があったはずで、FIRE卒業は運用の失敗が大半とみて差し支えないだろう。
1億円程度でFIREはできない
そもそも、FIREに失敗した原因はなんだろうか?FIREを志す人で短期トレードで毎日、利益を取るような人は少数派だろう。むしろ、長い期間生き延びる長期投資家でスタートしたはずだ。それを考慮すると、筆者の見立てでは1億円未満ではまず、難しいという結論である。詳細は過去記事を参照してほしい。
ソーシャルレンディング事業者のLENDEXが2022年、早期リタイアを果たした男女1,019人を対象に実施したインターネット調査によれば、リタイア時の総資産が2,000万円未満と回答した人が最多で、全体の42.2%を占めていた。
5,000万円以上の資産を持っていた人は26.0%にとどまる。なお同社は投資家への集客を目的とした事業者であり、この調査自体が自社サービスへの誘導を兼ねたPR調査である点は差し引いて読む必要がある。それでも、自己申告ベースの数字としてこれだけ資産額が偏っているという事実は無視できない。
2,000万円という金額は、生活費次第では数年で枯渇する水準である。この数字が示しているのは、「FIRE」という言葉が本来の定義(資産収入のみで生涯生活できる状態)から乖離し、単なる退職や転職の言い換えとして使われている実態だ。言葉が軽くなった分だけ、中身の伴わない離脱者が増えているとも言える。
FIRE限定ではないが、米資産運用大手T. ロウ・プライスが2022年に実施した「Retirement Saving and Spending Study」でも、退職者の20%がフルタイムまたはパートタイムで働いており、7%が求職中であるという結果が出ている。対象はFIRE達成者ではなく一般的な退職者だが、退職イコール労働からの完全離脱、という前提自体が崩れていることは間違いない。
はっきりいって、長期フルFIREが出来るのは資産3億円以上持っているような人に限る話で、いつの時代でも「必ず少数派」なのである。インフレ、円安が進行すれば将来的には3億円でも危うくなるかもしれない。
FIREするとキャリアは終わる
問題は、FIREに失敗しても戻れば元通りというわけではない点にある。
数年間のブランクは、職務経歴書の上では空白でしかない。同業界に戻れたとしても、給与水準やポジションが退職前と同じという保証はない。むしろ下がるケースの方が多いだろう。
FIREは資格試験とは違う。落ちても翌年また受け直せる、というような設計にはなっていない。一度会社を辞め、数年間市場から離れれば、その間に積み上がるはずだったキャリアと信用は失われる。
筆者はサラリーマン時代は米国会計の専門家として長く働いてキャリアを作っていたが、今どれほど頑張ってももうかつて働いていた規模の外資系正社員枠で働くことは不可能だろう。FIREは片道切符なのだ。
FIRE関連の発信の中には、「迷っているなら一度やってみればいい」という軽い後押しが目立つ。しかし、その多くはFIRE系のサロンやコミュニティへの誘導が目的になっている。
だがFIREはもっと慎重になるべきだ。すでにこれだけの数の「FIRE卒業者」がいるという事実は、安易な決断への警告として受け止めるべきだろう。
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