『ブリジャートン家』が描く、才能を尊敬し合うパートナーシップ

※ 本稿では作品のテーマに触れていますが、物語の大きな展開には触れていません。

出口里佐です。

Netflixで配信されている『ブリジャートン家』を見始めたら、「あと一話だけ」と思いながら、つい夜更かしをしてしまいます。

ブリジャートン家 | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

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第1シーズンはダフネのデビュタントとしてのお話から始まります。

世界中で人気を集めている理由は、恋愛ドラマだからというだけではないのでしょう。

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デビュタント達は、母親に付き添われて、王妃に挨拶します。その時、王妃が目をかけた、もっとも気に入りの女性が、その年のダイヤモンドとして選ばれ、最高の縁組を助けてくれるかもというお話。

舞踏会で流れる弦楽四重奏の音楽は、現代のポップスを美しく編曲したものも多く、「これはレディー・ガガかしら」「マドンナだったかしら」と耳を澄ませる楽しさがあります。豪華な邸宅や庭園、田舎の田園風景、美しいブリティッシュアクセントの英語、色鮮やかなドレス、優雅なダンスは、まるでその時代のイギリスを旅しているような気分にさせてくれます。

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なぜか、王妃や侍女、貴族の一部は黒人、この時代のイギリスにこの状況はなかったはずですが、Netflixですから。

もちろん、人種設定などは現代的な価値観を取り入れたフィクションです。史実とは異なる部分もありますが、その世界観を受け入れてしまえば、この作品は現代社会を映す寓話のようにも見えてきます。

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舞踏会は結婚相手を見つける、出会いのチャンス。

舞台は十九世紀初頭のイギリス。女性が経済的に自立する道は限られ、結婚は恋愛だけではなく人生そのものを左右する時代でした。

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まずは、ダンスで相性をみて、その後、個別に会話。ダンスができないと、そもそも舞踏会には参加できなくて、出会いもないのですね。

どれほど美しいドレスをまとい、華やかな舞踏会に出席していても、自分で人生を選ぶ力を持たなければ、本当の意味で自由とは言えないのかもしれません。

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アフタヌーンティーをする貴族の令嬢達。

私は第3シーズンを見ながら、そのことをこれまで以上に強く考えるようになりました。

ある女性は、自分の才能と、大切な人との関係との間で葛藤します。才能を手放せば穏やかな人生が待っているのかもしれない。しかし、自分らしく生きるためには、その才能を捨てることもできない。その揺れ動く姿は、恋愛ドラマという枠を超えて、現代を生きる私たちにも問いを投げかけているようでした。

だから、この作品は単なる恋愛ドラマではありません。

シーズンを重ねるごとに、人が成長していく姿が丁寧に描かれ、「人生にとって本当に大切なものは何か」を問いかける物語になっているように感じます。

女性が社会で活躍することは、今では珍しいことではありません。

しかし、その才能や仕事が家庭の中でも自然に尊重されているかといえば、まだ十分とは言えない場面もあります。

結婚とは、一方が相手を支えるだけの関係なのでしょうか。

私は、互いの才能を認め、その人が輝くことを自分の喜びとして受け止められる関係こそ、本当のパートナーシップなのではないかと思います。

女性だけではなく、男性もまた価値観を更新していく必要がある。

パートナーが活躍することを競争ではなく喜びとして受け止め、その才能を誇りに思えること。それは女性だけではなく、男性にとっても幸せな生き方につながるように思います。

『ブリジャートン家』は、華やかな恋愛ドラマに見えます。

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第4シーズンで、ベネディクトが女性と一緒に凧をあげる、印象的なシーン。

しかし、その奥では「尊敬は愛情の土台になり得る」というメッセージを静かに伝えています。

豪華な舞踏会や美しいドレスが印象的な作品ですが、見終えたあとに私の心に残ったのは、恋愛の駆け引きだけではありませんでした。

互いの才能を尊敬し合える関係こそが、本当のパートナーシップなのではないか。

そんなことを、このドラマは静かに問いかけているように思います。

※ なお、本作には成人向けの恋愛・性愛描写が比較的多く含まれます。家族そろって楽しむタイプの作品ではないことも、あらかじめ付け加えておきます。

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