政府・日本銀行による為替介入によって、一時は1ドル164円台まで進んだ円安に歯止めがかかった。さらに米国財務省も協調介入に参加し、日本が米国債を売却せずにドル資金を調達できるよう支援するなど、異例の対応を見せている。
しかし、市場関係者の多くは、今回の介入が長期的な円高転換につながるとは考えていない。その理由は明快である。円安を招いているのは市場ではなく、日本の政策そのものだからだ。
日本では円安が進むたびに、「投機筋の円売り」「海外ファンドの仕掛け」といった説明が繰り返される。しかし、これは本質を見誤っている。市場は国家に対して善悪の判断を下す存在ではない。政策を評価し、その結果を価格という形で表現しているだけである。
市場を責めても円は戻らない。政策への信認を取り戻さない限り、市場は同じ結論を出し続ける。

高市首相と片山財務相 首相官邸HPより
市場は日本経済の通信簿である
現実主義の国際政治学では、国家は願望ではなく能力によって評価される。国際金融市場も同じだ。
市場は「円を応援する」ことも「日本を困らせる」こともない。各国の成長力、財政、金融政策、政治の安定性を冷静に比較し、より収益が期待できる国へ資金を移動させるだけである。現在の円安は、日本が抱える三つの構造問題を映し出している。
第一は、財政規律である。日本の政府債務は主要先進国でも突出した規模に達している。一方で歳出は拡大を続け、高齢化による社会保障費も増え続ける。市場が将来的な財政運営に不安を抱けば、円建て資産の魅力は低下する。
第二は、日本銀行の金融政策だ。「金融正常化」が叫ばれて久しいが、日本の金利は依然として主要国の中で最も低い水準にある。日銀はなお国債買い入れを継続し、市場への資金供給を続けている。米国との金利差が維持される以上、投資資金がドルへ向かうのは自然な市場行動である。
第三は、日本経済そのものの成長期待である。人口減少、低い生産性、改革の遅れ――これらが日本市場への投資リターンを押し下げている。
市場は未来に投資する。未来への期待が弱ければ、円が買われる理由も乏しくなる。
米国が協調介入した理由も「国益」である
今回の協調介入について、「日米同盟の強さ」を強調する見方もある。もちろん同盟国への配慮は存在する。しかし、より重要なのは米国自身の利益である。
仮に日本政府が為替介入の原資を確保するため、保有する米国債を大量に売却すれば、米国債市場は混乱し、長期金利が急上昇する可能性がある。それは米国経済にも深刻な影響を及ぼしかねない。だからこそ米国は、日本が米国債を担保としてドル資金を調達できる枠組みを整え、市場の動揺を抑えようとしている。
これは「友情」ではなく「国益」の計算である。現実主義とは、国家がまず自国の利益を基準に行動すると考える立場だ。今回の対応は、その典型例と言える。
為替介入は時間を買う政策にすぎない
もちろん、為替介入そのものを否定する必要はない。急激な相場変動を抑え、市場のパニックを防ぐことは政府の重要な役割である。
しかし、それはあくまで時間を買うための政策である。その時間を使って構造改革を進めなければ、市場は再び同じ方向へ動く。もし今後、米連邦準備制度理事会(FRB)が追加利上げに踏み切り、日米金利差がさらに拡大すれば、円には再び強い下落圧力がかかる可能性が高い。
介入だけで市場に逆らい続けることはできない。
円を守るのは政府ではなく「信認」である
日本では「円を守る」という言葉がしばしば使われる。しかし、円を守るのは政府の掛け声でも、市場介入でもない。国家への信認である。
財政規律を回復し、日本銀行が金融政策正常化への明確な道筋を示し、成長戦略によって投資先としての魅力を高める。市場が「日本は変わる」と判断したとき、初めて円への資金流入は持続的なものとなる。逆に言えば、市場は日本経済の敵ではない。
市場は、日本の政策に対する最も率直な採点者なのである。
政策が変わらなければ、円相場も変わらない
現実主義の視点から見れば、為替相場は政府の意思ではなく、国家の総合的な信頼を反映する。だからこそ、円安を「市場のせい」にする議論は問題の本質から目をそらしてしまう。
必要なのは、投機筋への非難でも、介入への過度な期待でもない。財政、金融、成長戦略を一体として見直し、日本経済そのものへの信認を回復することである。
円安を招いたのは市場ではない。市場が映し出した、日本の政策の結果なのである。







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