パランティアCEOの「アメリカン・マインド」復権を目指す政治思想:書評『テクノロジカル・リパブリック』

前回、軍事AI企業パランティア・テクノロジーズ社創設者のピーター・ティール氏を取り上げた。

パランティア創業者の政治思想:書評『無能より邪悪であれ』

パランティア創業者の政治思想:書評『無能より邪悪であれ』
日本の防衛省が大型契約を取り交わすのではないかとの観測から、日本でも徐々に注目が高まっている軍事AI企業が、パランティア・テクノロジーズだ。同社の概要については、『The Letter』に文章を掲載しておいた。パランティア・テクノロジーズと...

ティール氏とともにパランティアを創設した共同設立者で、CEOを務めているのがアレクサンダー・カープ氏だ。ティール氏同様、強い思想を持っている。その様子がよくわかるのが、邦訳されている著書『テクノロジカル・リパブリック』(日本経済新聞出版、2026年)だ。

この本についても、巨額の資産を保有する実業家の著書として読み始めると、やはり困惑することになるだろう。もちろんシリコンバレーの状況も参照され、テック企業についての描写もあり、パランティア社の運営手法などにも触れられている。しかし本書全体を貫いているのは、アメリカを「テクノロジカル・リパブリック」、つまり先端技術を開発し続ける社会として繁栄させるためには、思想的な改変が必要だ、という主張である。批判の対象となっているのは、金融・コンサル業から、今やシリコンバレーまで覆い尽くしているポリコレ系の価値相対主義だ。それを打破するために、アメリカ社会が持つ価値が再評価されなければならない。つまり、保守主義的な刷新がなされなければならないのだ。

アレクサンダー・カープ氏 Wikipediaより

本書では、さまざまな政治思想家・哲学者が参照される。それも古代から現代にまたがる縦横無尽さで、思想家たちの叡智が掘り起こされていく。本書で繰り返し参照されるのは、政治哲学者マイケル・サンデルの「善き生という概念を公的言説から締め出そうとする」傾向が、現代政治における道徳の空白の原因だ、という指摘である(241頁)。

カープ氏は、フランクフルト学派に関する社会思想の博士論文で学位を取得したという異色の経歴を持つことで知られる。政治思想を本格的に研究した人物なのである。フランクフルト学派は、『啓蒙の弁証法』で知られるマックス・ホルクハイマーやテオドール・アドルノによって広く知られ、現代のユルゲン・ハーバーマスにまで連なる学派だ。ホルクハイマーやアドルノには、マルクスの影響が強い。ハーバーマスは、リベラル系の知識人の代表として知られる。そのため、カープ氏の思想傾向も「左派」的だと評されることが多いようだ。だが、これはかなり短絡的な決めつけだ。

実際には、カープ氏は、現代社会の知的堕落の様相に強い危機感を表明している。これは『啓蒙の弁証法』の世界観にも通じる。アメリカ社会もまた堕落していると、カープ氏は繰り返し主張する。より具体的なアメリカの文脈では、アラン・ブルームの『アメリカン・マインドの終焉』が重要な書物として丁寧に紹介されている(101頁)。これは、アメリカの大学の知的荒廃を嘆いた本として注目を集め、この種の本としては異例のベストセラーとなった、1987年刊行の有名な書だ。

ブルームは、21世紀になると「ネオコン」として知られるようになる人物たちにも大きな影響を与えた、シカゴ大学の著名な政治哲学者レオ・シュトラウスの学派に属する。古代ギリシアにまでさかのぼって古典を精緻に読解しながら、「善き生」を探求する姿勢を重視する学派だ。『歴史の終わり』で有名なフランシス・フクヤマも、シュトラウスの弟子であるアラン・ブルームの下で学んでいる。「善き生」の探求は、より具体的な現代アメリカの文脈では、「自由民主主義の勝利」の肯定へとつながっていくことがある。そこで「シュトラウシアン」は「ネオコン」なのか、という問いが提起されることになった。

カープ氏の議論には、この政治思想の系列との強い親和性が見られる。カープ氏は、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』が、アメリカの大学に価値相対主義の嵐をもたらしたと嘆き、「西洋文明論」が学部学生の必修科目から外されていったことに象徴される、多文化主義を重視する流れに批判的だ。カープ氏によれば、サイードの『オリエンタリズム』に代表される、西洋文明の欺瞞を疑う姿勢が常識化し、「ポストコロニアル・スタディーズ」として定着するようになった。その結果、1970年代以降に大学で学んだアメリカ人たちの間には事なかれ主義がはびこり、価値判断を避ける傾向が強くなった、と診断する。そして、大学での活動が金儲けのための手段としてのみ認識されるようになった、と嘆く。社会思想研究で博士号を取得した後、パランティアを創設して巨額の資産を築いたカープ氏の発言として、非常に興味深い。

「善き生」を求めるパランティア社は、マイクロソフトやグーグルのような他のテック企業とは異なり、軍との契約を忌避したりはしない。それどころか、アメリカ軍の問題を解決するために、軍人の悩みを丹念に聞き、その要請に応えるシステムを作り、アメリカ軍の能力向上に寄与することは、パランティア社の誇りである。なぜなら、カープ氏にとってアメリカ軍への貢献は、「善き生」の探求と切り離せないからだ。カープ氏は、パランティア社がこれまで通り、今後もその姿勢を貫いていくことに、決して迷いを見せないという趣旨の宣言をする。

パランティア社は、ガザ危機後、イスラエル軍ともシステム提供に関する契約を取り交わし、提携関係を持っている。実際、カープ氏はイスラエルを強く支持し、米国の大学で広がった親パレスチナ運動を厳しく批判してきた。

ティール氏が保守派の政治的立場へのコミットメントの度合いが高いとすれば、カープ氏は政治思想としての保守主義へのコミットメントの度合いが高い。自由民主主義の自己肯定としての保守主義の政治思想の意義を、学術的な見地も踏まえながら確信している。そして、その信念の土台の上にパランティア社を運営していくことに、強い使命感を抱いている。

それは、より具体的には、パランティア社がアメリカ軍やイスラエル軍に、軍事作戦をより円滑に遂行するための支援を提供し続けることに、政治思想に根差した強い価値を見出しているということだ。その具体的な帰結が、国際法違反との強い批判を受けるベネズエラのマドゥロ大統領の拘束や、イランの最高指導者ハメネイ師の暗殺、あるいはガザでの多数の一般住民の殺害や民生施設の大規模な破壊と結びつくものであったとしても、ひるむことはない。むしろ、そうした軍事力を支えることこそがパランティア社の使命であり、誇りである、という姿勢なのである。

パランティア社を単なる技術屋、あるいは「死の商人」として理解している方は、ティール氏に関する本とあわせて、本書を一読したほうがいいだろう。そしてパランティア社が、日本人なら衝撃を受けるような、イデオロギー性の強い政治思想を持っていることを知っておくべきだろう。


テクノロジカル・リパブリック

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