「低所得者は騙されやすい」というレッテルを貼った東大論文プレスリリース

「年収300万円以下は、誤情報に騙されやすい」

2026年7月31日に発表された東京大学関係者らのワクチン研究は、SNSでこのように要約された。産婦人科医を名乗るアカウントの投稿は約150万回(記事執筆時点)。

それを引用したひろゆき氏の投稿も約119万回表示された(記事執筆時点)。

しかし、この研究は人間の知能も、「騙されやすさ」も測っていない。調べたのは、ワクチンの捏造、隠蔽、欺瞞に関する7つの文章への賛否である。

それが論文では「誤情報への賛同」と命名され、東京大学の広報では「誤情報を信じている人々」と人物化され、SNSでは「低所得の反ワク」「低所得者は騙されやすい」に変換された。

ワクチンに関する誤情報を信じていてもワクチンを接種する意向のある人々の特徴を解析

ワクチンに関する誤情報を信じていてもワクチンを接種する意向のある人々の特徴を解析 | 東京大学
ワクチンに関する誤情報を信じていても ワクチンを接種する意向のある人々の特徴を解析

これは単なるSNS上の暴言ではない。曖昧な学術分類が国立大学の権威を通り、社会的弱者へのレッテルへ変わった問題である。

ワクチンを打つのが「当たり前」だった時代

この研究には、「誤情報」の定義以前に根本的な問題がある。

接種したという行動を、本人がワクチンを自発的に「受容した」と解釈してよいのかという問題だ。

調査は2021年9月から10月に実施された。当時、ワクチン接種は単なる医療上の選択ではなかった。接種しない人は「周囲に感染させる人」「公衆衛生に協力しない人」と見られかねなかった。

厚生労働省は、未接種を理由とする解雇、退職勧奨、いじめなどの差別的扱いを行わないよう繰り返し注意を促した。実際、滋賀県の消防本部では、接種しなかった職員が隔離された場所で勤務させられ、「接種拒否者」と記した文書を回覧された。職員は退職し、訴訟は行政組合が解決金150万円を支払う形で和解した。

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政府は「ワクチン・検査パッケージ」を進め、旅行やイベントなどで接種証明または陰性証明を活用した。未接種でも検査で代替できたとはいえ、時間、手間、場合によっては費用という追加負担が生じる。

高校野球や高校サッカーでは、わずかな陽性者の確認でチーム全体が大会を辞退した。自分が感染すれば、仲間の努力や大会出場まで失わせる。そんな社会で、若者や保護者が完全に自由な立場から接種を判断できただろうか。

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「受容」ではなく、合理的な適応ではないか

古瀬・田淵論文は、接種済み、一部接種済み、接種希望者をまとめて「ワクチン受容」と分類した。

だが、なぜ接種したのかは調べていない。

ワクチンの効果を信頼して積極的に接種した人もいただろう。一方で、職場で波風を立てたくない、大学生活を取り戻したい、旅行やイベントに参加したい、家族や仲間に迷惑をかけたくないという理由で接種した人もいたはずだ。

論文自身、若者について、大学や職場で接種しやすかったことや、普通の社会生活へ戻りたいという強い希望が接種を促した可能性を認めている。

それにもかかわらず、著者らは、若者は「より柔軟に行動を決定し、誤情報に影響されなかった」と解釈した。

逆ではないか。

政府やワクチンへの疑問を抱えたまま、社会生活を失わないために接種した可能性がある。そこにあったのは自由な「受容」ではなく、社会への合理的な適応、あるいは圧力への服従だったかもしれない。

「接種した」は、「政府を信じた」でも「疑問が消えた」でもない。

子供たちは誰のために接種したのか

調査対象には15歳以上が含まれている。2021年前半、子供や若者の重症化・死亡リスクは高齢者と比べて低かった。それでも彼らは、「高齢者にうつさないため」「家族に迷惑をかけないため」「学校や部活動を止めないため」という他者のための責任を背負わされた。

子供への接種がすべて不要だったと言うつもりはない。基礎疾患や家庭環境によって利益とリスクは異なる。

問題は、本人の健康上の利益が比較的小さい層ほど、「みんなのために打つ」という社会的圧力が接種判断に占める割合が大きくなり得ることだ。

その圧力を測らず、接種した事実を本人の信念や情報判断能力の結果として扱うのは、当時の社会を都合よく消去している。

そもそも何を「誤情報」と決めたのか

研究では、「ワクチンの安全性データはしばしば捏造されている」「製薬会社はワクチンの危険性を隠蔽している」「人々はワクチンの有効性について欺かれている」など、7項目への賛否を尋ねた。

最後の文章は特に曖昧だ。

誰が欺いたのか。感染予防、発症予防、重症化予防、伝播予防のどれを指すのか。どの時点の、どの発言が虚偽だったのか。何も指定されていない。

しかも論文自身が限界として、これらの回答には「誤情報の受容」だけでなく、「一般化された不信」や「権威的機関への批判的懐疑」が混在していると認めている。

誤った事実を信じることと、政府や製薬企業を信用しないことと、公的説明を批判的に検討することは同じではない。

質問が何を測ったのかは曖昧なのに、回答者だけが「誤情報を信じる人」と明確に分類された。

政府発信が検証されている最中の論文発表

論文が発表された2026年、パンデミック期の政府発信は、もはや無条件に正しいものとは言えない。

2026年7月29日、米上院でアンソニー・ファウチ氏は、新型コロナの起源、研究資金、政府対応などをめぐる100を超える質問に対し、黙秘権を行使した。黙秘権の行使は違法行為の証明ではなく、公聴会には激しい党派対立もある。

米ファウチ博士、上院公聴会で黙秘権行使 コロナ発生源めぐり - BBCニュース
アメリカ政府の元医療顧問で、新型コロナウイルス対策を指揮したアンソニー・ファウチ博士(85)は29日、新型コロナウイルスの起源をめぐる上院国土安全保障委員会の公聴会に出席した。ただ、与党・共和党が自分の証言を利用して偽証罪で訴追しようとする...

それでも、研究所起源、機能獲得研究、NIHの資金提供、政府説明の整合性について、公的検証が終わっていないことは明らかだ。

その時期に、政府や製薬企業が人々を欺いた可能性を疑うこと自体を「誤情報」と分類する。研究者に政治的意図がなかったとしても、権威への異論を「知識の乏しい人」「騙されやすい人」の属性へ変換するという意味で、結果としてプロパガンダ的に機能する。

東大広報がレッテルを人物化した

東京大学のプレスリリースは、回答者を「誤情報を信じているひと」と「誤情報を信じていないひと」に分け、若年、低収入、インターネットやSNSからの情報収集を関連要因として前面に出した。

しかし、論文が限界欄で認めた「一般的不信」や「批判的懐疑」の混在は、広報の見出しや概要からは見えない。

7項目への賛同が「誤情報への賛同」と命名され、東大広報で「誤情報を信じる人」と人物化され、SNSで「反ワク」、そして「低所得者は騙されやすい」に変換された。

SNSの投稿者は、何もないところからこのレッテルを作ったのではない。論文と東大広報が、その原材料と「科学のお墨付き」を提供したのである。

ワクチン開発拠点だからこそ自制が必要だ

筆頭著者が所属する東京大学新世代感染症センター「UTOPIA」は、ワクチン開発のフラッグシップ拠点である。公式サイトは、大学、産業界、臨床現場を直接結び、ワクチンを迅速に社会実装する体制を掲げ、企業・政府との連携担当も置いている。

ワクチン開発や産学連携そのものが悪いのではない。論文も商業的・金銭的な利益相反はないと申告している。

だからこそ、ワクチンを開発し、社会実装を推進する制度圏にいる研究者が、同時にワクチンへの疑問を「誤情報」と分類するなら、通常以上の透明性と自制が必要ではないか。

科研費研究としてふさわしい発信だったか

この研究にはAMEDと科研費による公的支援が記載されている。

公費研究だから、政府に不都合な結果を出してはいけないという話ではない。逆である。

公費を使い、国立大学の権威によって市民を分類するなら、「誰を、何を根拠に、何と呼んだのか」を説明する責任がある。

接種圧力によって本人の意思と行動が食い違う可能性を調べたのか。低所得者や若者へのスティグマを検討したのか。大学広報による社会的誤読を予測したのか。現実にレッテルが拡散した後、訂正や説明を行うのか。

誤情報を研究する側が、検証不十分な分類を「科学的事実」として流通させたなら、問われるべきは市民の情報リテラシーだけではない。

論文と東京大学が、自ら誤情報の増幅器になっていなかったかである。

【出典】

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