不動産王であり共和党の正式大統領候補の地位を勝ち取ったドナルド・トランプ候補は、第1回米大統領候補・討論会にてリアリティ・ショーで培ったスキルを存分に発揮できませんでした。
今回の討論会を総括する一言こそ、これでしょう。民主党のヒラリー・クリントン候補が放った言葉です。
「トランプは私が討論会に準備してきた点を批判した。私が他に何を準備したかご存知だろうか?大統領になることを準備したのだ」。
トランプ候補がいかに準備不足で、大統領の座に就くべく議論を展開しなかったかを連想させます。ヒラリー氏は腐っても鯛もとい百戦錬磨の政治家、どんな時でも冷静沈着で切り返しがお見事です。
体調不良で同時多発テロ事件を途中退出したクリントン候補でしたが、討論会にあたっては万全を期してきました。肺炎の診断が下りていたにも関わらず、一度も咳き込まず水を飲むことすら控えるほど。トランプ候補が開始から約15分もたたない間に水を口に含んだことと対照的です。マルコ・ルビオ上院議員へのオマージュだったのでしょうか?
何より、スタミナについて疑問視されたクリントン候補が「112ヵ国を訪問して停戦合意といった平和への交渉を行い、11時間に及ぶ公聴会時間を経験してからスタミナについて語ってほしいわ」と体調不安を払しょくした技には、感心せずにいられません。よっ千両役者!なんて声を掛けたくなります。クリントン候補の容貌だけでなくスタミナを理由に米大統領にふさわしくないとのトランプ候補の暴言に、有無を言わせぬ反撃で応じました。核問題での議論で「ツイッターに挑発されるような人間に核兵器を任せられない」と発言するのも、忘れません。
トランプ候補と言えば口撃と横槍に長けていたとはいえ、やはり具体的な政策・対応策への言及に欠けていました。同候補が唱える減税策では財政赤字が5.3兆ドルに上るとの批判をかわせず、人種問題の解決策に対し、名ドラマよろしく「法と秩序(Law and Order)」の必要性を唱えるのみ。挙句の果てに、憲法違反と判断されたStop And Friskすなわち抜き打ち職務質問を推奨する始末です。これで黒人層、ヒスパニック層がさらに遠のいたのではないでしょうか。サイバー攻撃問題をめぐり400ポンド(約180㎏)の巨漢がベッドでハッキングを行っているとの失言が、成人のうち約3割が肥満である米国で支持を広げるのに役立ったとは考えられません。
トランプ候補が輝いた瞬間は、確定申告に話題が及んだ時です。監査が終了次第、自身の確定申告書を発表すると言及した折に「クリントン候補が3万3,000件に及ぶeメールを公開すれば、私も(確定申告書)明らかにする」と発言。会場内の拍手喝采を招きました。
クリントン候補と違い、トランプ候補が州の名称を端々に挟んだ点は非常に印象的でした。ラスト・ベルト(錆びついた地帯)と呼ばれる製造業州への配慮を忘れなかったのは、間違いなく戦略でしょう。接戦州でもあるオハイオ州、並びにミシガン州を3回登場させました。本選での勝利を確実にするフロリダ州のほか、地元のニューヨーク州、ラスト・ベルトに含まれるペンシルベニア州は2回言及。最も多かった州は、イリノイ州で4回となっています。オバマ米大統領のお膝元である一方、犯罪率が上昇したと主張していたので増えてしまったのでしょう。
▽イリノイ
トランプ 4 クリントン 0
▽オハイオ
トランプ 3 クリントン 0
▽ミシガン
トランプ 3 クリントン 0
▽フロリダ
トランプ 2 クリントン 0
▽ニューヨーク州
トランプ 2 クリントン 2
▽ペンシルベニア
トランプ 2 クリントン 0
▽オクラホマ
トランプ 1 クリントン 1
▽カリフォルニア
トランプ 0 クリントン 1
驚くべきことにトランプ候補、締めくくりに「クリントン候補が勝利すれば、絶対的に支持する」と明言しました。投票結果を甘んじで受ける姿勢を強調し、楯突かないと公言した格好です。一部のトランプ支持者を失望させた可能性を残しつつ、民主党支持者が胸をなでおろした瞬間ではないでしょうか。その他、10の名場面についてはこちらをご参照下さい。
討論会での勝者と敗者の投票は、以下の通り。
▽CNN(討論会後、視聴者への世論調査)
クリントン候補 62% トランプ候補 27%
▽バラエティ(4万1,658票時点)
クリントン候補 52.47% トランプ候補 47.53%
▽タイムズ誌(75万9,020票時点)
クリントン候補 41% トランプ候補 59%
▽ブライトバート(トランプ選対委員会の最高責任者がCEOを務める、21万801票時点)
クリントン候補 24.24% トランプ候補 75.76%
討論会で相手を遮った回数は、以下の通り。Interruptions(左)は相手の発言を抑えた回数、Fleeting Interejections(右)は相手のコメント中に横槍を入れた回数となります。
(出所:Fivethirtyeight)
討論会開始から約6時間後のツイッター・フォロワー数、並びにフェイスブックでのいいね数は、こちら。絶対数ではトランプ候補が優勢ながら、増加数ではクリントン候補が上回ります。
▽ツイッター
クリントン 903万件→910万件(+7万件)
トランプ 1180万件→1180万件(±0)
▽フェイスブック
クリントン 6,192,758 件→6,265,581件(+7万2,823件)
トランプ 10,818,971件→10,839,007件(+2万36件)
討論会での主要メディアのヘッドラインは、こちら。
▽CNN
「クリントン、第1回討論会でトランプを守勢に立たせる(Clinton puts Trump on defense at first debate)」
▽ワシントン・ポスト紙(クリントン候補への支持表明済み)「トランプVSクリントンの第1回討論会、クリントンのジャブがトランプを守勢に立たせる(Trump vs. Clinton: Her jabs put him on the defensive in first debate)」
▽ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙「討論会で舌戦、米国を指導する上で展望の違いを見せる(Candidates Spar in Debate, Offer Vastly Different Visions for Leading the U.S.)」
▽ニューヨーク・タイムズ紙(クリントン候補への支持表明済み)「トランプとクリントン、雇用、人種、気質をめぐり衝突(Trump and Clinton Clash on Jobs, Race and Temperament)」※気質は、トランプ候補が同候補の気質が米大統領にふさわしくないと言及したため。
▽CNBC
「トランプ米大統領誕生への道筋は、一段と険しく(Donald Trump’s path to the presidency got a lot steeper)」
▽BBC
「クリントン対トランプ、決闘で火花散る(Sparks fly in Clinton-Trump duel)」
▽英ザ・ガーディアン
「第1回討論会、トランプが理性を失う一方でクリントンは冷静沈着(Clinton stays calm while Trump loses cool during first presidential debate)」
▽アルジャジーラ
「米大統領選2016:クリントン、トランプが第1回討論会で衝突(US election 2016: Clinton, Trump clash in first debate)」
▽ロシア・トゥデー米国「クリントンVSトランプ、米大統領選2016の討論会(Clinton vs Trump: First 2016 presidential debate — RT America)」
討論会でクリントン候補が何度も働きかけたファクトチェックの内容は、こちら。
ダウ先物は討論会後に100ポイント高を示し、クリントン候補の勝利を先取りしました。2012年ではオバマ米大統領が第1回討論会での失敗を巻き返しましたが、トランプ候補が返り咲きを果たすのか引き続き目が離せません。2016年米大統領選をめぐる今後のスケジュールは、こちらをご覧下さい。
トランプ候補が挽回する余地は、大きく残っています。第1回討論会を制した者が米大統領選を制するとは、限らないんですよね。2012年ではロムニー候補が大勝したものの、本選で敗北を喫したことは記憶に新しい。トランプ候補が次回、どのような戦略に打って出るのか乞うご期待です。
(カバー写真:C-SPAN)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年9月27日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。