
「日本企業はモノづくりで成長を目指すべきだ」という声は、とても多く聞きます。
しかし残念なことに、日本企業が世界トップシェアを握っていたのに惨敗している業界は、現実には実に多いのです。
【太陽電池】
2007年まで日本の世界生産は第1位。2022年は0.1%未満です※1)。
【リチウムイオン電池】
ソニーが1991年世界で初めて製品化しました。その後、車載用蓄電池(リチウムイオン電池と次世代電池)の国別シェアの推移は以下の通りです※2)。
日本 2015年 51.7% → 2020年21.1% → 2022年8.5%
中国 2015年 27.4% → 2020年37.4% → 2022年60.9%
【造船】
日本は1990年代初頭まで世界建造量の約5割。2025年の世界シェアは、日本は11.5%、韓国は26.7%、中国は50.4%です※3)※4)。
こうなった理由の一つは、経験曲線です。「沢山作り続けて生産量が増えると、コストが減る現象」のことです。
日本企業はこの経験曲線を頭では理解していますが、戦略的に使ってません。
一方で中国や韓国のメーカーは、この経験曲線の威力を熟知しており、戦略的に活用しています。
具体的には最新生産機械を導入し、大量生産によって経験を蓄積し続けて、低コストで製品を提供することに全力を挙げました。
【太陽電池】
日本企業は発電効率や品質向上にこだわりました。それをよそ目に、中国企業は設備投資→量産→コスト低下を繰り返して、劇的にコストを削減しました。
【リチウムイオン電池】
同じパターンです。リチウムイオン電池の1kw/時の価格は、2010年は1,400$でしたが、2023年は140$。1/10に下がりました※5)。
【造船業】
かつての日本の造船業は既存設備の生産性向上で強かったのですが、韓国や中国メーカーは最初から巨大ドックを作り、大量受注でコスト削減を図りました。
経験曲線との戦いがいかにヤバいかは、こんな思考実験でわかります。
仮に、毎年の累計生産量が2倍になって、経験曲線の効果でコストが半減するような商材を想定してみましょう。
生産を毎年2倍に拡大し続ける企業のコストは、2年後に1/2、5年後は1/32になります。いくら「わが社は品質重視」といって、コスト1/32の相手には勝てません。
経験曲線は、言い換えると時間を強力な味方につける戦略でもあります。時間が経つほど、コスト競争力が強化されるのです。
一方で、経験曲線には誤解もあります。
「自社で経験を蓄積すれば有利だ」と考える企業があることです。
現実には経験曲線は競合他社に流出して、業界全体にも広がることもあります※6)。
液晶ディスプレイの世界で、シャープは2000年代前半、4-5000億円かけて亀山工場へ大規模投資をしました。
しかし液晶の経験は社内に留まらず協力会社を通じて業界全体に広がり、経験は韓国・中国メーカーにも共有されました。
韓国の液晶ディスプレイの世界シェアは2000年代から上昇、2012年は47.5%に達しました※7)。
中国のシェアは2004年に0%でしたが、政府の補助金の後押しで供給量を拡大。韓国を追い抜き、2024年のシェアは72%です※8)。
シャープは技術を囲い込み、コスト優位を獲得しようとしました。しかし現実にはコモディティ化した技術は業界全体に広がり、より大きな投資をした中国・韓国勢に負けたのです※9)。
大規模投資を回収できなかったシャープは不振が続き、たいへん残念なことに、台湾の鴻海傘下になりました。
一方で、「ムーアの法則」を提唱したインテルは、経験曲線に基づいて戦略を立てて、高収益を数十年間続けました。
まず新製品の発売時点で、現時点のコストではなく、将来に量産が進んでコストが下がった時点のコストを見積もって、低い価格を設定。赤字で販売を始めて需要を拡大します。
生産量が増えれば、経験曲線でコストが下がります。
後発の参入時点で、インテルは圧倒的な低コストで高収益になり、勝てます。
これをCPUの世代毎に繰り返して、インテルの覇権はAI半導体でNVIDIAが台頭してくるまで続きました。
日本企業は、確かに現時点でのコスト改善は世界最高レベルです。
しかしともすると、目先のコストしか考えていません。インテルのような、将来のコストを見据えた長期戦略が欠如しています。
かつて世界を圧倒した家電や半導体も、これで韓国・中国・台湾企業に負けました。負けパターンは、現在も太陽電池やリチウム電池で続いています。
多くの日本企業は、頭では経験曲線を理解していても、大規模投資に踏み切る勇気がなく、従って未来のコストを見据えた戦略もなく、かといって経験曲線の追求に邁進する中国・韓国企業に対する効果的な対策も立てていません。
「わが社はプレミアム市場にシフトして戦う」という方向を打ち出す企業もあります。しかしプレミアム市場を拡大させる実践的な戦略がなければ、それは「より小さな市場に逃げて、事業を縮小する戦略」を言い換えただけに過ぎません。
これは戦略構想力と、実行力の問題です。
惨敗を繰り返すその姿は、第二次世界大戦末期の日本軍を彷彿とさせます。
未来のコスト構造を見極めた上で、強かに稼ぐ現実的で骨太な戦略の策定が必要だと思います。
【参考情報】
※1)『エネルギー動向(2025年版)』資源エネルギー庁
※2)『日本の蓄電池産業の”勝ち筋”とサプライチェーン強靱化に向けた取り組み~蓄電池産業の課題と競争力強化のシナリオ~』 日本政策投資銀行、2024年7月
※3)『造船業の国際競争力の強化』国土交通省
※4)『欧州造船業概況調査』 日本船舶輸出組合、2026年3月
※5)“Batteries and Secure Energy Transitions – Executive Summary”, iea
※6)『価格のマネジメント』ハーマン・サイモン著 342-346
※7)“INVESTMENT OPPORTUNITY IN KOREA – DISPLAY” KOTRA
※8)“How Innovative Is China in the Display Industry?” 2024.9.16 ITIF
※9)『アニュアルレポート 2012』シャープ<
編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2026年8月25日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。







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