法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」は、売春防止法の見直しに関する報告書案を示した。最大のポイントは、これまで罰則のなかった「買う側」の勧誘行為についても、新たに規制を設ける方向が打ち出されたことだ。
現行の売春防止法は、対価を得て不特定の相手と性交する売春と、その相手方になることを禁止している。しかし売買春そのものには罰則がなく、路上で客待ちや勧誘をする「売る側」などに罰則が設けられている。
今回の報告書案は、この不均衡を是正し、買う側にも罰則を設けようというものだ。ただし、成人同士の売買春そのものを全面的に犯罪化する方向ではない。風俗店の利用や、いわゆるパパ活など、公衆の目に触れない個人間の交渉による有償性交自体は、原則として従来通り処罰しない方向とみられる。
「徘徊」「物色」まで犯罪にできるのか
問題は、その範囲である。検討会では、立ちんぼに声をかけるだけでなく、売春者を「物色」する目的で路上を「徘徊」する行為まで処罰対象とする案が議論されている。
しかし何をもって「物色」と判断するのか。大久保公園周辺を何度も歩いたら犯罪なのか。女性を見たら物色なのか。こんな曖昧な概念を刑罰の構成要件にすれば、運用次第で何でも逮捕できる可能性が出てくる。
検討会自身も、通常の通行と買春目的の徘徊を客観的に区別するのは困難で、誤処罰を避けるため明確な要件が必要だと認めている。こここそ議論の核心だろう。
「売る側は被害者、買う側は加害者」でよいのか
また、「売る側は被害者、買う側は加害者」と単純化する議論にも疑問がある。大久保公園周辺で検挙された女性の調査では、売春理由としてホストクラブなどの遊興費が多く、生活困窮は少数だった。もちろん全体を代表する統計ではないが、「売春する女性の多くは困窮して仕方なく売っている」と断定するのも無理がある。
逆に「売る側は非処罰にすべきだ」という議論も乱暴である。公然勧誘罪には路上の風紀や通行環境を守る役割がある。買う側にも責任を求めることと、売る側を全面的に免責することは別問題である。
刑罰による「萎縮」を軽視していないか
近年は不同意性交等罪や侮辱罪厳罰化など、刑罰によって社会問題を解決しようとする傾向も目立つ。不同意性交等罪では、密室での行為ゆえに客観証拠が乏しく、供述の信用性が大きな争点になりやすい。
そこへさらに「物色」「徘徊」という内心に依存する犯罪を追加するのであれば、刑罰権の拡大には相当慎重であるべきだ。最近の刑事法学には、国家権力による介入や国民の行動萎縮に対する警戒が弱すぎるのではないかという疑問も残る。
検討会のヒアリングも、女性支援団体だけでなく慎重論の立場も含まれてはいるが、買い手となり得る一般男性の権利や誤認捜査のリスクを正面から代弁する視点が十分だったのかは検証が必要だ。
北欧モデルだけが答えではない
買春を処罰する北欧モデルだけが答えではない。アムネスティ・インターナショナルなどは、成人間の合意によるセックスワークの非犯罪化を支持しているという。地下化させるより、強制、人身取引、未成年者の搾取を厳罰化したうえで、成人間の性産業は労働・衛生・納税のルールの下で透明化するという考え方もある。
今回の本当の論点は「売る側か買う側か」ではない。買春そのものは処罰しないのに、その相手を探して歩く行為を犯罪として明確に切り出せるのか。そして国家にそこまで曖昧な刑罰権を与えてよいのか。そこが問われている。

maruco/iStock












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