自社株評価の見直しで問われる不動産戦略:節税対策に振り回されない資産構造

国税庁が、非上場会社の株式、いわゆる自社株の相続税評価の見直しに向けた議論を進めている。2026年4月に「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」が設置され、以降ほぼ月1回のペースで会合が重ねられてきた。

8月20日に開かれた第5回会合では評価方式の見直しの方向性が示され、今秋をめどに一定の結論を示す見通しとされている。ただし、財産評価基本通達の改正が実際に行われるかどうか、その内容がどうなるかは、現時点ではまだ確定していない。

自社株評価は、一見すると税務の専門論点である。しかし、オーナー企業にとっては、単なる税務問題にとどまらない。株式評価のあり方は、事業承継、相続税・贈与税の負担、後継者への株式移転、さらには会社が保有する資産構造にも影響を及ぼし得る。

とりわけ影響を受けやすいのは、不動産を多く保有する会社である。本社、工場、倉庫、賃貸ビル、貸地、遊休地、創業以来保有してきた土地。これらは会社の信用力や担保力を支え、含み益や安定収入をもたらしてきた一方で、自社株評価や承継後の資産整理を複雑にする要因にもなってきた。

今回の見直し議論は、オーナー企業に対し、改めて問いを投げかけている。会社が持っている不動産は、将来の経営にとって本当に必要なのか。その不動産は、事業、財務、承継の中でどのような役割を果たしているのか。その保有のあり方は、会社の理念や経営戦略と整合しているのか。

自社株評価の見直しが話題になると、企業オーナーの関心はどうしても相続税や贈与税の負担に向かいやすい。株式承継に伴う税負担は、オーナー企業にとって極めて重い問題であり、これ自体は当然の反応である。

しかし、目先の制度変更に合わせて保有不動産の方針を場当たり的に変えるのは、順序が逆である。不動産戦略は、税務制度から逆算してつくるものではない。本来は、会社の理念、ビジョン、経営戦略、承継方針から逆算して、長期的に保有不動産の役割を設計するものである。

節税だけを目的に不動産を取得し、建物を建て、借入を増やせば、次世代にとって使いにくい資産や重い負債を残すことにもなりかねない。相続発生時に納税資金が不足し、収益性の低い不動産を急いで処分せざるを得なくなることもある。税務対策は不動産戦略の一部であって、目的そのものではない。

では、今回の見直し議論をどう受け止めるべきか。ここで意識すべきは、判断には二つの階層があるということである。

第一の階層は、会社全体としてどの事業に資本を残し、どの地域で事業を続け、どの不動産を事業基盤として維持するかという、骨太の方針である。これは経営そのものの意思決定であり、本来は経営会議や後継者を交えた場で、時間をかけて固めるべき事柄である。制度変更のたびに揺らぐようでは、経営の一貫性が保てない。

第二の階層は、その方針を踏まえたうえでの、個別不動産ごとの戦術的な点検である。本社ビルを持ち続けるか、本業と関係の薄い賃貸不動産をどう扱うか、遊休地を売却するか賃貸化するか、含み益の大きい土地をどう位置付けるか、借入を伴う建替えをどう考えるか、承継前に不動産を会社に残すか切り離すか。こうした個別判断は、評価方式の変更によって損得が変わり得るため、制度動向を踏まえたタイミングの検討には意味がある。

重要なのは、この二つの階層を混同しないことである。第一の階層を制度変更のたびに作り直していては、会社は方針を持たないのと同じになる。逆に、第一の階層さえ固めておけば、第二の階層は税理士や不動産の専門家と連携しながら、制度の動きに応じて柔軟に調整すればよい。骨太の方針を決めるのは経営者自身であり、そこを専門家任せにしてしまうことが、承継後に「使いにくい資産」を後継者に残す一因にもなっている。

自社株評価制度の見直しは、まだ議論の途上にある。だからこそ今、必要なのは制度の中身を先回りして予測することではなく、自社がどちらの階層の判断を、誰が、どの順序で行うのかを整理しておくことである。

不動産を多く持つ会社ほど、承継は不動産戦略と切り離せない。会社を次世代に引き継ぐということは、株式を移すことだけではなく、事業とともに不動産の役割・リスク・資本配分の意思決定の仕組みごと引き継ぐことでもある。

今回の自社株評価見直しの議論は、目先の節税対策に走るための号砲ではない。経営としての骨太な資産方針を固め、そのうえで個別の対応を専門家とともに冷静に進める。その意思決定の順序を保有企業自身の手に取り戻す契機として捉えるべきである。

制度に振り回されるのではなく、制度変更をきっかけに、自社の資産構造と意思決定の仕組みそのものを問い直す。いま求められているのは、そのような不動産戦略である。

【出典】

  • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」配布資料(2026年4月20日 第1回、2026年8月20日 第5回)

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