このブログで中古市場の話をあまり振ったことがない気がします。気に留めていなかったことがあるのですが、世の中では今後も引き続き、一部の製品においては着実に中古市場が新品市場に迫るほどの勢いを持ってくるとみています。
日本の中古市場は2024年で3.3兆円規模、2030年には4兆円規模になるとみられ、着実に成長していきそうです。中古市場と言えばメルカリが思い出されますが、同社の6月の決算も過去最高を記録しており、懸案だったアメリカの事業も2期連続黒字化となり、安定感が出てきました。なぜ中古市場は伸びるのでしょうか?
私が生まれ始めて買った住宅は築年数がかなり経ったマンション。何故それを選んだかと言えば「予算的に買えなかった」の一言であります。もちろんサラリーマン時代の収入を25年先まで先取りしてローンを目いっぱい組めば新品も買えたでしょう。ですが、そこまでする価値を感じなかったのです。理由はライフスタイルは将来変わるから、であります。
つまりモノを買うには目いっぱい背伸びしてでもどうしても今、手に入れるお宝なのか、それともとりあえず今を満たせばよいのか、という価値観の選択があると考えています。私の会社でこの2年間で買った2台のクルマは両方とも中古。それまで長年乗っていた会社所有のBMWも中古です。かつては中古のクルマはトラブルが多いなどと難癖がついたものですが、今は車そのものの性能が上がっているし、自動車ディーラーではリセール車は新車販売と同等のウエイトがあります。
東京で展開する不動産事業のうち、2つの土地は借地権です。私は借地権でも全然気になりません。だって、事業用不動産なのです。借地権ならば地代が月3-5万円と格安なうえに固定資産税がないのです。つまり事業収支からすればお得そのものなのです。
iPhoneほど中古市場が充実した製品もないでしょう。消費者からみれば「猫も杓子もiPhone、だから私も欲しい、だけど高くて買えない」の心理をうまくついたと思います。ノートパソコンも同様でしょう。数年前、私の母親がパソコンが遅い、調子悪いとクレームが多かったので「パソコンは何に使うの」ときけば簡単なゲームとインターネットのみ。他の機能は触りもしないとのことでしたので中古のパソコンで十分だと判断してそれと交換しました。今でもサクサク動いているようです。母親の友人が「カナダの息子さんはケチねぇ。パソコンぐらい新品買えばよいのに」と言ったそうですが。

型落ちでも欲しいiPhone yalcinsonat1/iStock
私はロードバイクに乗りますが、大学時代はクラブ部員との会話で自転車の部品の話は必須科目。やれ、どこのメーカーの何が良いという話に花が咲くわけです。私はへぇ、それでイタリアのその部品使うと速く走れるんかい?と聞けば「そんなのは所有欲に決まっているじゃないか」の返答。ならばより実質的になるならば自分の脚力に合わせた自転車のグレードにすればよいのだな、ということで私が主力で使ったのはシマノの中級グレードでした。趣味の自転車だからそれで十分なのです。
かつて英国に行った際に驚いたのはアンティークショップの多さ。そしてカナダに引っ越してきてからも英国系カナダ人は古いものが大好きでショップも多いですが、中古品販売市場が非常に充実しているのです。そして供給もそうですが、潜在需要が強く、商品をクラシファイドに出せば必ず数件の反応が来ます。ある意味、1つの製品が人の手を伝い、長く愛用されるのです。
ところがお隣アメリカはかつて「新製品が出れば今使っているものは壊してでも新しいものを買う」というぐらい新しもの好きでした。その文化をすっかり継承したのが昭和の日本だったと思います。私が小さいころなど、父親は「中古品なんて…」という完全に差別意識を持った評価をしていました。もちろん、その頃の製品は性能や耐久性が劣るので父親の価値判断はそれなりに正しかったのでしょう。だけど今は商品の出来が違います。
日本でもう少し中古市場が伸びてほしいのが不動産でしょうか。比率的にはそれでも中古42%、新築58%と一時期に比べずいぶん中古市場が伸びています。日本の自動車は既に新車4割に対して中古6割という販売比率です。メルカリのおかげであらゆる製品に中古が浸透したと思います。ブランドバックから化粧品まで女性の物欲の心理を突いたものも多いと思います。それらの多くが一時的な所有欲で1年もすればまたメルカリに出して、あわよくば同じぐらいの値段で売れればラッキーなのでしょう。
これも経済なのです。日本の国家にKPI(重要業績評価指標)があるとすれば新製品の出荷台数は重要だけど中古製品の指標は注目されていないかもしれません。しかし、社会の変化に伴い、国家もそういう価値観も取り入れていかねばならない時代になってきたのかもしれません。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年8月28日の記事より転載させていただきました。






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