トランプ大統領は8月25日、SNSで「カナダとの国境にあるオンタリオ湖をアメリカ湖(Lake America)に改名することを真剣に検討している」と言い出した。理由はカナダとの貿易交渉がうまくいかないからである。

オンタリオ湖はトランプ氏の持ち物ではない
オンタリオ湖は米国だけの湖ではない。五大湖の最も東に位置し、南側を米ニューヨーク州、北側をカナダのオンタリオ州が囲む。湖上には米加国境が走り、両国が共有している。トランプ氏が米政府の地図に「アメリカ湖」と書かせることはできても、湖そのものを米国領にできるわけではない。
Ontarioという名称はカナダ建国よりはるかに古い。先住民の言葉に由来し、17世紀にはすでに使われていたとされる。つまり、「カナダと仲が悪くなったからカナダっぽい名前を消す」という発想には、歴史的な根拠もない。
米加貿易摩擦は深刻化しており、特にオンタリオ州は自動車産業の中心地だ。GM、フォード、ステランティス、ホンダ、トヨタなどの工場が集まり、米国経済ともサプライチェーンで密接につながっている。
「アメリカ湾」で味をしめた
トランプ氏が「オンタリオとはもうビジネスをしない」と言うのは、この巨大な製造業集積地に圧力をかける意味があるが、そこから湖の改名に飛ぶのがトランプ流だ。これには前例がある。2025年の大統領就任直後、メキシコ湾を「アメリカ湾」(Gulf of America)と呼ぶよう大統領令で命じた。
メキシコ湾はもちろん米国だけの海ではない。メキシコもキューバも接している。だが米政府内の呼称を変更すること自体は大統領権限で可能であり、米国内ではGoogle Mapsなどにも「Gulf of America」と表示されるようになった。
これでトランプ氏は一つ学習したのだろう。地名を変えると、ものすごくニュースになる。しかも予算はほとんどかからない。工場を建てる必要もない。道路を造る必要もない。議会で巨大予算を通す必要もない。SNSに「今日からアメリカ湖だ」と書けば、世界中のテレビ局が取り上げてくれる。
湖の名前を変えても工場は戻ってこない
トランプ政治には一貫した特徴がある。複雑な政策問題を、極端に単純な象徴へ変換することだ。貿易赤字の話なら「外国にだまされている」。移民問題なら「壁を造る」。グリーンランドが重要なら「買えばいい」。カナダとの貿易が気に入らなければ「51番目の州」。
政策論としては乱暴だが、政治的には非常に強い。支持者にとっては一瞬で理解できるからだ。「米国はもう譲らない」「アメリカが一番だ」というメッセージが、湖の名前一つで伝わる。
ただしオンタリオ湖を「アメリカ湖」と呼んでも、米国の製造業の生産性が上がるわけではない。自動車の部品価格が下がるわけでもない。カナダとの複雑なサプライチェーンが消えてなくなるわけでもない。
湖の名前なら大統領令一本で変えられるが、産業構造はそうはいかない。トランプ氏は「アメリカを再び偉大にする」と言うが、地図の上でアメリカを大きく見せても、経済まで大きくなるわけではないのである。







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