
私はこれまで一度も成功例がないこともあり、第二次トランプ政権の「国家」相手の脅迫取引外交には極めて懐疑的でした。
関税にしても制裁にしても、「強く脅せば最後には相手が譲歩する」という前提に立っており、中国のように強力な対抗手段を持つ国は当然として、かなりの弱小国相手にも通用しないからです。(日本は対立以前に恭順の姿勢を示していますので、対象にはなりませんが。)
ところが最近のベネズエラを見ると、初めて「成功例」と呼べる可能性が出てきたように思います。
Chevronなど米国企業が大型投資に動き、ロドリゲス政権も外国資本と技術を受け入れ、石油増産へ舵を切りました。これが実際の投資と増産につながれば、強制→マドゥロ排除→制裁緩和→治安確保→民間投資→増産→双方の利益という出口まで完成します。
ただし、これをトランプ政権が最初からロドリゲスの能力を見抜き、「マドゥロ後」を周到に設計した成果と言うより、むしろ偶然というべきでしょう。
マドゥロが突然いなくなった時、ロドリゲスは副大統領として後継できる位置にいました。しかもチャベス体制の中枢にいながら経済、石油行政、外国企業との交渉に通じ、軍、治安機関、議会、与党を直ちに敵に回す人物でもありませんでした。
つまり「チャベス体制を崩壊させず、マドゥロだけが消えた空白を埋められる人物」がそこにいたのです。
もしチャベス派内部で権力闘争が起こり、軍や治安機関まで分裂していたら、ベネズエラは国家崩壊へ向かった可能性もあります。ところがロドリゲスが権力を掌握し、彼女自身も生き残るため米国との妥協を選びました。米国側も石油産業を再建するには治安と国家機構を維持できる彼女が必要でした。
最初から設計されたのではない相互依存関係が、後からでき上がったわけです。
したがってトランプを評価するとすれば、ロドリゲスを事前に選んだことではなく、偶然現れた好条件を見逃さず、米国の利益へ素早く転換した実行力でしょう。
ところが、ここに大変な皮肉があります。
ベネズエラ国内の最大の勝者は民主改革派ではなく、ロドリゲスを中心とするチャベス主義者だからです。
米国がマドゥロという最大の重荷を取り除き、さらに外国資本と技術まで戻ってきます。国家機構を残したまま、反米・国有企業至上主義という失敗部分だけを捨てればよいのです。
チャベス主義はマドゥロを失うことで生き残ったとも言えます。
逆に民主改革派は悲惨です。彼らが求めてきたのはマドゥロ個人の排除ではなく、自由選挙、法の支配、政治犯の解放、民主的政権交代でした。
ところが実際に起きたのは、マドゥロ排除→チャベス派による政権継承→米国との和解→外資導入→経済再建です。民主化という工程が抜け落ちています。
極端に言えば、トランプはマドゥロを倒すと同時に、民主改革派の梯子まで外してしまいました。
私は当初、トランプ流強硬外交が成功するなら、ベネズエラよりキューバが先だと思っていました。キューバは深刻な電力・物資不足に苦しみ、ロシアにも昔のソ連のような支援能力はありません。
しかしベネズエラとの違いが二つあります。
第一に、「キューバ版ロドリゲス」が見当たりません。共産党、軍、治安機関をまとめ、旧体制の反乱を防ぎながら米国とも取引できる人物が必要ですが、このような人物は外国政府が作れるものではありません。
第二に中国です。
中国はキューバを豊かにする必要はなく、政権が倒れない程度に支えれば十分です。太陽光、蓄電池、食料、通信、信用供与などで最低限の国家機能を維持すればよい。中国にとってキューバ最大の価値は経済ではなく、米国本土からわずか90マイルという地理的位置だからです。
ここに面白い非対称性があります。
トランプは「キューバ体制を倒すにはいくら必要か」を考え、中国は「倒させないためには最低いくら必要か」を考える。
普通は後者の方がはるかに安く済みます。
ベネズエラで成立したのは、周到に設計された万能の成功モデルではありません。強硬策でマドゥロを排除したところ、偶然にも旧体制をまとめられる有能な後継者が残っており、トランプがその幸運を利益へ転換したのです。
外交では、成功した政策と、政策を成功させた幸運を取り違えることが最大の危険です。
ベネズエラがトランプ外交最初の成功例になるとしても、その成功の半分は強硬策、残りの半分は「そこにロドリゲスがいた」という幸運だったのではないでしょうか。
2026年8月31日 北村隆司(NY在住)







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