「ベッセント・ショック」で円キャリーの巻き戻しが始まった?

ドル円相場の空気が急に変わってきた。9月1日には1ドル=160円台だった円相場が、4日には一時155円台まで上昇した。円は今週だけで対ドル約2.5%上昇し、7月末の日米協調介入後の高値に迫っている。

ドル円レート(SBI証券)

ベッセント氏が日銀に利上げを迫る

きっかけになったのは、ベッセント米財務長官による日本への異例の金融政策介入ともいえる発言だ。ベッセント氏はG20に合わせて植田和男日銀総裁と会談し、円安に対処するため「decisive(断固とした)」金融政策を支持すると表明した。

さらに「高市政権は安倍政権以来のリフレ政策をやめるべきだ」と提言し、日本政府・日銀が円高につながる措置を取るとの見方を示した。他国の財務長官が中央銀行の利上げをここまで露骨に期待するのは異例である。

市場はこれを「9月の日銀利上げを米政府も支持している」というメッセージとして受け取った。植田総裁自身も9月17~18日の金融政策決定会合で利上げを議論する可能性を示している。

しかも7月には日米が協調して円買い介入まで実施した。つまり円売り筋からみれば、いまや相手は財務省と日銀だけではない。世界最大の金融市場を抱える米財務省まで円安阻止側に回ったのである。これが「ベッセント・ショック」である。

円キャリーの「勝ちゲーム」が崩れる

これまで円キャリー取引は単純だった。低金利の円を調達し、それをドルなどに交換して米国債や株式など高利回りの資産を買う。日米金利差が大きく、しかも円安が続けば、金利差と為替差益の両方を取れる。

ところが、この前提が崩れ始めた。日本の10年国債利回りは3%を超え、1996年以来の水準まで上昇した。一方、米国ではFRBのウォラー理事の発言を受けて金利上昇観測がやや後退し、米2年債利回りも4.3%台まで低下している。

さらに重要なのが為替だ。仮に日米の短期金利差が3%程度あったとしても、1週間で稼げる金利差は0.06%程度にすぎない。それに対して円は今週約2.5%上昇した。数十週分のキャリー収益が、数日の円高で吹き飛ぶ計算になる。

まだ「植田ショック」ほどではない

もっとも、現時点で大規模な円キャリーの巻き戻しが起きていると断定するのは早い。CFTCによると、8月25日時点でもレバレッジドファンドは円先物を約7万7000枚売り越している。

依然として相当な円ショートが残っている。しかもこのデータは今回のG20とベッセント発言より前なので、その後どこまでポジションが整理されたかはまだわからない。

株式市場も今のところ2024年8月の「植田ショック」のようなパニック的なリスクオフにはなっていない。したがって現在起きているのは、「円キャリーの崩壊」というより、円キャリーの巻き戻しが始まる条件がそろってきた段階と見るのが適切だろう。

本当に怖いのは日本への資金還流

注意すべきなのは、ヘッジファンドの円キャリーだけではない。日本国債の利回りが3%を超えると、生命保険、銀行、年金など日本の機関投資家が為替リスクを取って海外債券を買う必要もなくなる。

FTも、日本の金利上昇によって国内投資家が海外資産から日本へ資金を戻す可能性を指摘している。これは米国にとっても他人事ではない。日本は世界有数の米国債保有国だからだ。

ベッセント氏が円相場にこれほど神経質なのも、日本の輸入インフレを心配しているからではない。円安と日本の金利上昇が制御不能になれば、日本から米国へ流れていた巨額の資金の流れそのものが逆転するからだ。

さらに(一般政府ベースで)保有米国債が200兆円近い日本政府にとっても、為替差損が出ると、数十兆円が吹っ飛び、財政に影響が出る。

160円が155円になっただけなら、単なる為替相場の調整に見える。しかし「円は金利が低く、どうせ下がる」という世界の投資家の常識が崩れたとすれば話は別だ。ベッセント・ショックは、巨大な円キャリー取引の出口を開けたのかもしれない。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント