かつて産業革命があった時、それに対する恐怖心と新たな世界への期待感が混じりながらも最終的には人類は産業革命を素晴らしいものだったと認識しています。雇用が奪われるのではないか、という懸念も他産業や他業種への振り替え、更にあらたな産業の創設でむしろ、人材不足となりました。
90年代にパーソナルコンピューターの本格的時代が訪れ、企業ではIT化が進み、事務職が激減しました。しかし、この時も失業問題は生じていません。理由は人材配置の転換が緩やかに進んだからです。企業は例えば経理部門への新人配置を減らし、定常の人事異動を通じて年月をかけて減らしていったわけです。それらIT化による人材の再配置は企業内で十分吸収することが出来たとも言えます。
最近、報道でも雑誌でもAIに絡むニュースがない時がありません。私には食傷気味でありますが、多くの報道のトーンは企業がAIを相当積極的に導入し、活用することで総労働時間の〇%が節約できた、と報じ、その節約できた部分を他の業務や今までできなかったことに回しているという話が主流であります。そういう私の会社もAIを様々なシーンで活用し、業務の効率化が進みつつあります。
おかげさまでかつてのように忙しくて忙しくてどうにもならない、という束縛感を伴うストレスから解放されつつあり、時として仕事が切れてしまう時も出てきています。もちろん仕事が切れるというのが正しいのか、新しいものにチャレンジしていないと言われるだけか、そこは微妙な点であります。ただ、私の性格からしてチャレンジをしていない訳がなく、むしろ、その作業が早く進み過ぎて手持無沙汰になっているという側面が強い気がします。
私ごときでこのような事態ですから、一般企業にお勤めの特に管理業務を主体とする本社や支社の業務は大幅に改善するのだと思います。ではこれが大量失業時代を迎えるのか、であります。マイクロソフト創業者のビル ゲイツ氏はその懸念を示しています。

ビル・ゲイツ氏Xより
理由は2つ。まずその普及スピードが早すぎて人材の再配置が追い付かないというものです。上述のパーソナルコンピューター普及にはおおよそ20年かけて浸透したとされます。ところがAIの普及はその20倍、つまり1年程度で激変効果が出てしまいます。2つ目はAIの普及は管理業務のみならず、現場業務のあり方も変えてしまう点です。それはフィジカルAIの普及による現場仕事の代行です。これは最近、時折目にするロボット君が自律的に様々な業務をこなしてしまうことで人間の出る幕が無くなるのです。
その好例がアマゾンです。同社は配送センターの中にロボット導入を進めており、現在同社全体では100万台あり急速増大中です。雇用されている150万人なのですが、数年以内に人間とロボットの「雇用数」が逆転するとみられています。同社の最新鋭の配送センターでは人材配置を25%減らすことに成功し、今後さらに50%削減までそれを進めていくとされます。アマゾンの長期的ビジョンとしては倉庫作業の75%を自動化する予定で60万人程度の雇用が無くなるとみられています。

hapabapa/iStock
今、中国で大学卒業しても雇用がなく、一部の若者はフードデリバリーや運転代行のような仕事に甘んじています。これは別に中国独特の問題ではなく、北米でも基本は同じです。しかし、運転代行などもいずれ自動化される時が来るわけで若者が業務の下積みをすることなく、AIを通じてしか物事を見ることがなく、なんらスキルがない人があふれ出てしまう危険はあるのです。
一部の企業、例えば富士通はそれでもAIによる余剰人員を営業に回してむしろ足りないぐらいだ、と豪語するところもありますが、私はこれは例外的なケースではないか、と考えています。
一部では人間業務に限定すべき境界線を作るべきだ、という発想もあります。例えば介護の世界にはロボットを入れるな、と。しかし、介護の業務は不人気故に人材の流出が激しく、外国人に頼りつつあるのが現状です。つまり人間があまりやりたがらない業務を人間の聖域にするのはどうも論理的ではないのです。これがある意味、我々が抱える新たなミスマッチの世界とも言えます。
もちろん、これは私の懸念のし過ぎかもしれません。ただ、ホワイトカラーもブルーカラーも共に雇用の危機となり、その異様なスピード感にまだ苦しむのは若者だけではなく、全世代にこの時代の変化への試練が待ち受けていると私は思っています。産業革命やIT化の時は大丈夫だったから今回も大丈夫だ、という論理は成り立たないように感じます。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年9月4日の記事より転載させていただきました。






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