政府は7月21日、「日本成長戦略」を閣議決定しました。AI・半導体、防衛、造船、重要鉱物など17の戦略分野を対象に、62の製品・技術について、2040年までに官民で370兆円超を投じる計画です。SNSでは早くも、次に来る国策銘柄のリストが拡散しています。ところが、「国策に売りなし」を信じて買った個人ほど、高値づかみで終わりがちです。なぜそうなるのか、専門家の視点から解説します。

日本成長戦略会議 2026年6月 首相官邸HPより
官民370兆円と、8月末に訪れる次の山場
まず、何が起きたのかを整理しておきます。
7月21日に閣議決定された日本成長戦略には、17分野・62品目ごとの投資額と経済波及効果を示した、官民投資ロードマップが盛り込まれています。分野別で最も大きいのはAI・半導体で100兆円規模。デジタル・サイバーセキュリティ、創薬、先端医療、コンテンツなどが続きます。防衛産業、造船、港湾ロジスティクス、フュージョンエネルギーといったこれまで「地味」とされてきた領域も並んでいるのが特徴です。
さらにその9日後の7月30日には、2027年度予算の概算要求基準が閣議了解されました。通常の歳出とは別枠で「強く豊かな日本」投資枠が新設され、この枠には要求上限(シーリング)が設けられていません。各省庁の要求期限は8月末日です。つまりいままさに、成長戦略に書かれた美しい言葉が、具体的な予算要求の数字に翻訳されている最中なのです。
この流れを受けて、SNSには関連銘柄の一覧が並びます。「造船関連はこの5銘柄」「レアアースの本命はこれ」といった投稿を目にした方も多いはずです。株式市場に長くいる方なら、こうした光景に既視感を覚えるでしょう。国が旗を振るたびに、同じ形式のリストが繰り返し流されてきました。
私は2003年の創業以来、20年以上にわたって個人投資家の資産運用に伴走してきました。その経験から申し上げると、国策テーマで損をする人は、銘柄選びを間違えているというよりも、参加する「タイミング」の意味を理解しないまま投資しています。悪いのはテーマでもリストでもなく、「国が押す分野なのだから、いつ買っても大丈夫だろう」という思い込みのほうなのです。
「国策に売りなし」は本当か──政策は3段階で動く
政策テーマは必ず「発表→予算化→業績化」の3段階を経て進みます。そして各段階で評価される銘柄が入れ替わります。これが決定的に重要な点です。
第1段階・発表は方針が示される局面です。テーマ全体が一斉に買われ、関連度の薄い企業まで値上がりします。動いているのは業績ではなく期待だけなので、値動きは軽く、そして脆い。確認すべき資料は政府の成長戦略本文やロードマップそのものです。
第2段階・予算化では、予算がつき、公募が始まり、事業者が選ばれます。ここで対象が一気に絞り込まれるのです。選ばれた企業と、選ばれなかった企業、同じ「関連銘柄」でも、この段階で運命が分かれてしまいます。見るべきは概算要求の内訳、公募要領、そして採択結果でしょう。
第3段階・業績化は、受注が積み上がり、売上と利益に反映される局面です。ここまでくると、株価は期待ではなく実績で評価されます。確認先は決算短信、受注残高、セグメント別利益に移ります。派手さはありませんが、株価の上昇が最も長く続くのはこの段階です。
なぜ段階を分けて考える必要があるのでしょうか。理由はシンプルで、株価の材料が段階ごとに入れ替わるからです。第1段階の材料は「思惑」、 第2段階は「選定結果」、 第3段階は「数字」。思惑で買った人が、数字が出るまで持ち続けても、途中の選定結果で振り落とされてしまえば、その株は二度と戻ってきません。
問題は、個人投資家が銘柄名を知るのは、たいてい第1段階の初動が終わった後だという点にあります。SNSでリストが拡散している時点で、その情報はすでに広く共有されています。「国策に売りなし」という格言は間違いではありませんが、それは分野全体の話であって、あなたが買った1銘柄の話ではありません。
脱炭素と防衛が見せた、正反対の結末
抽象論では腹落ちしないと思いますので、過去の実例を2つ挙げます。
ひとつは海洋風力です。2020年10月の脱炭素宣言以降、再生可能エネルギー関連は典型的な国策テーマとなり、開発事業者のレノバ株は2021年9月に上場来高値の6,390円をつけました。ところが同年12月24日、政府が公表した最初の大型公募の結果は、三菱商事を中心とする企業連合が3海域すべてを落札するというものでした。本命視されていたレノバは選定から漏れ、株価は12月27日にストップ安。その後、高値から7割超も下落しています。政策そのものは何一つ後退していません。第2段階で対象が絞られただけです。
しかも、この話には続きがあります。3海域を総取りした三菱商事も、採算の悪化を理由に2025年に海洋風力事業から撤退しました。予算化の関門を突破した企業ですら、安泰ではなかったわけです。
もうひとつは防衛です。2022年12月の防衛3文書で、2023〜2027年度の5年間に43兆円という方針が示されました。発表直後は値動きの軽い小型の「防衛関連株」が軒並み急騰しましたが、その後は地政学ニュースがでるたびに乱高下を繰り返し、腰を据えて持ち続けられた個人は多くありません。一方、三菱重工業は航空・防衛・宇宙の分野で受注を積み上げ、2026年3月期の連結受注高は7兆6,536億円と過去最高を記録しました。ただし、株価が上場来高値をつけたのは2026年3月、方針発表から3年以上が経ってからでした。
注目していただきたいのは、その後です。業績が伸び続けているのにもかかわらず、三菱重工の株価は高値から2割近くも水準を切り下げています。テーマが正しく、業績を伴っていても、買った値段が高ければ含み損を抱えるのです。
同じ「国策」でも結末はまるで違いました。片方は選定という関門で振り落とされ、もう片方は数字がでるまで3年を要し、その数字が出てからも大きく揺れている。どちらの例も、テーマの正しさと株価の動きが一致しないことを教えてくれます。国策は数年単位の強い追い風になりますが、明日の株価を保証してくれません。(なお、ここで挙げた銘柄はあくまで過去の事例であり、推奨ではありません)
「国策なら一生持てばいい」への回答
ここで、次のような疑問が浮かぶかもしれません。
「国策テーマなら、腰を据えて一生持ち続けるのが正しいのでは?」
その答えは、「分野に賭けることと、個別銘柄に賭けることは別物だと考える」です。政策が10年続いてもその恩恵を受けるのは62品目にかかわる全企業ではなく、実際に受注を取った一部の企業に限られます。しかもその顔ぶれは段階ごとに入れ替わる。だからこそ私はテーマ株を一生持つのではなく、段階に応じて乗り換えることをお勧めしています。
具体的な行動指針は3つです。
第一に、自分がどの段階で入ったのかを言語化すること。発表段階の期待で買ったと自覚していれば、予算化の局面で選定から漏れたときに迷わず損切りできます。私が普段お伝えしている「マイナス5%で機械的にロスカットし、伸びた銘柄は利益を伸ばす」という規律も、この自覚があってこそ機能します。
第二に、SNSのリストを鵜呑みにせず、一次情報で裏を取る習慣を持つこと。成長戦略とロードマップは内閣官房のサイトで、概算要求は各省庁のサイトで、受注残高は企業の決算短信で、いずれも誰でも無料で読めます。リストを作った人が儲かる仕組みになっていないか、一度立ち止まってみてください。
第三に、焦って第一段階に飛び乗る必要はないと知っておくこと。予算がつき、事業者が決まり、受注が業績に現れてから参加する選択肢もあります。上昇の初動は取り逃しますが、その分だけ確度は上がるでしょう。ただし、業績が確認できた後でも高値づかみは起こります。先ほどの防衛の例が示す通り、確度が上がることといくらで買うかは別問題なのです。
そして、乗り換えの受け皿を用意しておくことも忘れないでください。一つのテーマ株に資金を集中させず、3〜5銘柄に分けておく。テーマが第二段階でつまずいたら、次に主役が回ってくる分野へ資金を移す。17分野もあるということは、乗り換え先の候補もそれだけあるということです。
370兆円という数字は確かに大きい。けれども、その恩恵が自分の口座に届くかどうかはまったく別の問題です。8月末の概算要求、年末の予算編成、そして来期以降の決算。国策テーマの「答え合わせ」は、これから何度も訪れます。そのたびに一喜一憂するのではなく、事前に確認すべき資料と、外れたときの撤退ラインを決めておけばいい。熱狂を眺めながら、いま自分は第3段階のどこにいるのかを冷静に問い直すこと。それが、この相場で資産を守り、育てるための第一歩になります。
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藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役
千葉県出身。横浜市立大学経営学科卒業後、1990年に太平洋証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。個人・法人の資産運用を担当し、バブル崩壊後の市場を第一線で経験する。のちに本社投資情報部でプラント・機械・IT・半導体など幅広い業種を担当し、年間数百件におよぶ企業取材を通じて成長株分析に強みを培う。1999年の台湾地震では、TSMCをはじめとする現地半導体メーカーを取材し、アジア市場リスクを日本の投資家へ発信した。
2003年にライジングブル投資顧問株式会社を設立し、代表取締役に就任。「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」を理念に、投資助言と教育を融合した“伴走型”のビジネスモデルを追求している。創業21年を迎えた現在も、金融庁登録の投資助言・代理業として行政処分ゼロを継続。700件超の売買助言ログを公開し、“信頼を見せる投資顧問”として、投資家に寄り添った長期的な資産形成を支援している。
公式サイト https://www.risingbull.co.jp/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2026年9月3日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。







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