物価も人件費も上がるのに、自分の商品だけは自由に値上げできない。いま医療機関が直面しているのは、そんな特殊なインフレです。
インターパーク倉持呼吸器内科などを運営する倉持仁医師が、クリニック経営の厳しさを訴えています。薬剤だけでも毎月4000万〜5000万円を仕入れ、人件費や光熱費、医療機器などのコストも上昇しています。一方、保険診療の価格は国が決めるため、一般企業のように自由に値上げすることはできません。
日本医師会の調査でも、2024年度は医療法人の診療所の約4割が赤字となりました。物価高や人件費上昇、コロナ関連補助金の終了などが背景にあります。
保険診療は「売価」を自由に決められない
飲食店なら食材費が上がればメニューを値上げできます。しかし保険診療は全国一律の公定価格です。医師が「電気代も給料も上がったので、今日から初診料を2割上げます」と決めることはできません。
国民皆保険を維持するうえで、公定価格には大きな意味があります。一方で、賃金や薬剤、医療材料は市場価格で上昇するのに、診療報酬だけは政治的に決められます。インフレ時代には、このミスマッチが経営を圧迫します。
診療報酬を上げれば解決するのか
だからといって、診療報酬を大幅に上げればすべて解決するわけではありません。
診療報酬の原資を負担するのは、患者だけではありません。健康保険料と税金を負担する現役世代でもあります。
医療費が増えれば、保険料や公費負担も増えます。医療機関の赤字を埋めるために診療報酬を引き上げれば、その一部は会社員の給与明細から社会保険料として差し引かれます。
特に後期高齢者医療では、医療費のかなりの部分を現役世代からの支援金で賄っています。高齢化が進むほど、この負担は重くなります。
「医療従事者の待遇改善」と「現役世代の手取り確保」は、放置すればゼロサムゲームになりかねません。
医療保険そのものを見直す必要がある
必要なのは、単純な医療費の増額ではなく、限られた財源の配分を変えることです。
救急、産科、小児科、外科など、社会に不可欠なのに採算が悪い分野には手厚く配分する必要があります。一方で、軽症への過剰な投薬や検査、重複受診、OTC薬で代替できる医療まで広く保険給付する仕組みは見直す必要があります。
高齢者の負担も、年齢だけで一律に軽減するのではなく、所得や資産など負担能力に応じた仕組みに改めるべきでしょう。
倉持医師の訴えは重要です。医療機関が赤字で撤退すれば、最後に困るのは患者です。
しかしこの議論を単純化し、「医者が苦しいから診療報酬を上げる」だけでは、今度は現役世代が苦しくなります。
問われているのは、診療報酬の水準だけではありません。どの医療を公的保険で守り、その費用を誰がどこまで負担するのか。国民皆保険そのものの再設計が必要な段階に来ています。












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