
近江今津の桟橋。
長浜港から竹生島を通って近江今津に渡ってきました。長浜発の船は多くのお客さんで賑わっていましたが、こちらは若干閑散としていました。京都からの便はいいんですがね。やはり長浜はそちらの観光も楽しめるのが大きいでしょうか。

現役の旅館、丁子屋。
近江今津は長浜と比べたら町は非常に小ぢんまりとしています。ただこちらも琵琶湖渡船で栄えた町。北国の産物を小浜や敦賀からここまで運び、ここから船で京都などへ運んだり、竹生島への巡礼人を運ぶ港として発展しました。その名残を感じさせる旅館や古い建物が多く残ります。

町を歩いていると、辻子という文字が所々にあるのが気になります。これは「ずし」と読み、家と家の間に作られた琵琶湖の水を運ぶ通路のこと。


神社の目の前の辻子。
この辻子は住吉神社の目の前にあり、そのまま琵琶湖に通じています。かつて、この町にはこのような通りが無数にありました。
さて、今回のブログのタイトルにもなっているヴォーリズ。

Wikipediaより
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)は、1880年にアメリアで生まれ、日本で活躍した建築家です。プロテスタントの信徒伝道師でもあるほか実業家でもあり、アメリカで販売されていたメンソレータムを日本で販路開拓した実績もあります。
近江八幡を拠点に活動を行ったため、関西、特に滋賀県で多くの建築物の設計を行ったのですが、近江今津にもいくつかの建築物が今も残っています。それらがある通りは今もヴォーリズ通りと呼ばれ、親しまれています。


コトノハカフェという喫茶店も入る。
最初に訪ねたのは、今津ヴォーリズ資料館。1923(大正12)年に滋賀銀行の前身である百卅三銀行今津支店として建てられたもの。当時の銀行建築は重厚な洋風の石造りの様相の建物が好まれていました。1978(昭和53)年に銀行が移転したあとは町立図書館となっていましたが、その後はヴォーリズの資料を展示する資料館となっています。また、喫茶店も入っており軽食を取ることもできます。

通りを少し西にあるくと今津基督教會堂があります。1934(昭和9)年に建てられたもので礼拝堂のほか読書室や教室もあるのが特徴です。右手の煙突がアクセントになっていますね。現在も教会として利用しています。ちなみに教会の入り口の「今」の字が反転していますが、これは誤字ではなく、古来中国の篆書体に由来するためだそうです。

さらに西に歩を進めるとまたいかにも西洋風の独特の雰囲気を醸し出した建物があります。

こちらは旧今津郵便局。1936(昭和11)年に建てられ、1978(昭和53)年に移転するまで営業していました。電話交換局も同居しており電報業務もここで行われていました。公開は不定期で行われており、この日は幸運にも公開日。中を見学させてもらいます。

建物の中、奥の旧区分室はカフェとして転用されています。レトロな雰囲気の中で飲むお茶は格別の味がすることでしょう。

玄関脇の小さな私書箱。私書箱自体は今も存在しますが、だいたい鉄製の固くて頑丈なもの。時代を感じさせます。


2階には電話交換所として利用されていた部屋がありました。当時の電話交換業務の様子がわかる写真や配電盤、電話機などの展示もされていました。


2階の一角にある「オザキマサキ写真室」。ああ、昔は写真館もあったんだと思ったら、こちらはテナントとしてここを借りて写真館として営業しているのだそう。何ともレトリックな暖かみのある写真を撮っていただけるようですので、興味のある方はチェックしてみてください。

近江今津のヴォーリズ建築の旅、いかがだったでしょうか。
近江八幡の建築群や、旧豊郷小学校など有名どころに目が行ってしまいがちですが、ヴォーリズはこういった地方部の小さめの建築物も積極的に行っていました。竹生島観光の際にちょっと立ち寄って、眺めて歩くのも楽しいのではないかと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年9月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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