日本人の好きなかき氷やアイスクリームの日本史・世界史

アイスクリームやかき氷などの氷菓は、かつては夏の風物詩だったが、いまでは一年中食べられる。とくに日本人は、冷たい食べ物、飲み物が好きである。ドリップコーヒーを冷やして飲むアイスコーヒーも、日本人ほどの広がりは珍しく、韓国でエスプレッソを氷と混ぜる、ギリシャでネスカフェを氷と砂糖と泡立ててフラッペにするのが近年、急増しているくらいらしい。

そこで、知っているようで知らない、氷・氷菓・冷蔵庫の世界史について頭の整理をしてみた。

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氷菓の起源は古代世界に

正しく歴史を理解するためには、世界の各地域という横軸と年代という縦軸を正しく把握し、前後関係や因果関係を間違えないような知識を持つことと、論理的に整理することが不可欠である。日本人の好きな夏の氷菓も、中国やアラブや欧州で育まれてきた長い歴史の贈り物なのだ。

夏期に冬季からの貯蔵や高山の雪を利用して氷を使うことは、ローマ時代や中国では、なんと紀元前の周代などから行われてきたし、それを氷菓として賞味することも行われていた。

西洋ではイスラム世界で発展が著しく、硝石や塩を使って化学的に冷却する手法も開発され、シャーベットが成立した。それがアラブ人支配も経験したシチリアなどを通じてルネサンス期以降広まり、16~17世紀にはアイスクリームが発明され(16世紀末にベルナルド・ブオンタレンティが、メディチ家の宴会で乳・卵・果実などを用いたアイスクリームで評判をとった)、とくに17世紀末以降、フランスで大流行し、18世紀にはアイスクリーム専用の銀器もつくられた。

世界最古のレストランといわれる1686年創業のル・プロコープは、シチリア出身のフランチェスコ・プロコピオ・デイ・コルテッリによるもので、カフェ文化の中心で氷菓も出し、18世紀には上流層から都市の富裕市民へ広がっていった。

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中国から日本へ伝わった氷菓文化

中国では定期市などが商業の中心だったのが、盛唐期(奈良時代)から宋代(摂関時代が北宋、院政の時代から源平期が南宋)にかけて、常設の商店街や街の賑わいが発展したこともあって、氷菓が上流層で広く愛好されるようになった。すでに日本でいえば奈良時代の盛唐期には杜甫が、長安で貴公子たちと「公子調冰水、佳人雪藕絲」(「公子は氷水を調え、佳人は雪のような蓮根の細切りを用意する」)などと書いており、市中で氷が盛んに売られていたことが分かる。

また、北宋では西暦1000年前後にかなり高度な氷菓である「蜜沙冰」(蜜、豆沙、氷をあわせた小豆かき氷)が流行した。

そうした唐から伝えられた流行のもとで、日本でも吉野あたりの氷室で保存しておいた氷を宮廷に運んで、初歩的なかき氷(『削り氷に甘葛入れて、新しき金鋺に入れたる』)が賞味されたと『枕草子』に記されている(西暦1000年頃。北宋でいえば3代皇帝真宗の時代。日本人にとっては、宋というと平清盛が交易した南宋のイメージが強く、摂関時代が中国では北宋期であることの意識が薄い)。

日本の菓子の歴史は、団子や干し柿のようなものを含めれば縄文時代にルーツをもつものもあるが、基本的には中国から菓子文化が断続的に輸入され、そこから独自の発展をしている。

それが、戦国時代に一変する。南蛮船の到来により砂糖が大量にもたらされ、洋菓子の技法も伝わり、中国からも禅宗系の料理や菓子が伝わった。また、茶道が独自の文化として発展したこと、さらに、織田・豊臣時代から城下町と商店街が中国に比べて数世紀遅れで発展したこともあり、大衆化した和菓子文化が生まれた。

製氷技術と冷蔵庫の普及

化学工業による製氷は19世紀前半から英国やオーストラリア(メルボルンなど)で開始され、当初はエーテル、ついでアンモニアが使われた(フランスのフェルディナン・カレによるアンモニア吸収式冷凍機が1860年前後から実用化。1876年ごろ、ドイツのカール・フォン・リンデがアンモニア圧縮式冷凍機械を発明)。日本や中国にも、1870年代あたりから機械が導入され、急速に普及した。また、蒸気船の時代になると、北海道から大量の氷が東京に運ばれて業務用に使われるようになった。

製氷機を備えた冷蔵庫は、米国で業務用には20世紀初頭、家庭用には1930年ごろに大衆化した。日本では戦前は百貨店や高級食料品店など限定的だったが(私の子供の頃の1950年代でも、業務用に製氷所から買った氷の塊を使った冷蔵庫が主流だった)、1960年代から「三種の神器」の1つとして急速に家庭にも普及した。ヨーロッパはその中間である。家庭用に普及できたのは安全なフロンガスの利用によるが、オゾン層破壊の問題を引き起こし、現在では別の材料に置き換わっている。

日本独特の夏の風物詩となったかき氷

なお、かき氷のようなものは世界各地にあるが、1887年(明治20年)に氷商の村上半三郎が手回しハンドル式の氷削機を発明し、それが昭和初期に普及したことから、雪のようなかき氷が日本独特の夏の風物詩となった。


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