生成AIをめぐる著作権問題で、重要な局面を迎えている裁判がある。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)がOpenAIとMicrosoftを訴えている著作権訴訟だ。その争点は単純ではない。AI企業が大量の著作物を読み込んでAIモデルを訓練する行為は、著作権法上の「フェアユース(公正利用)」として認められるのか。それとも、著作者の許諾なしに記事などを利用することは著作権侵害にあたるのか。
訴訟提起から3年近く経過したが、地裁判決もまだ出ていないこの訴訟について、米司法省が9月初め、OpenAIとMicrosoft側に立つ意見書を裁判所に提出した。AI業界にとって大きな意味を持つ動きだが、「OpenAIの勝利が決まった」と考えるのは早い。むしろ、AIの発展とコンテンツ産業の権利をどう両立させるかという、より大きな争点が浮かび上がっている。

サム・アルトマン氏 OpenAI HPより
米司法省が示した「AIと国家安全保障」の論理
米司法省は9月2日、ニューヨーク南部地区連邦地裁に提出した意見書で、著作権で保護された記事をAIの訓練に利用することについて、OpenAI側のフェアユースの主張を支持する立場を示した。
司法省が重視したのは、単なる著作権論だけではない。米国のAI産業が国際競争力や国家安全保障にとって重要だという考え方だ。司法省によれば、AIモデルの訓練に著作物を利用する行為は、元の記事そのものを再配布することとは異なり、新しい技術や生成物を生み出すための「変革的」な利用だと位置づけられる。
また、著作権規制を過度に厳しくすれば、AI開発に必要なコンテンツ利用が難しくなり、米国企業の競争力を損なう可能性があるという。AI開発競争で凌ぎを削る中国を意識した。
さらに司法省は、AI企業に著作物の利用料を広範に課す仕組みになれば、大企業以外のAI開発者にとって参入障壁が高くなるとの懸念も示した。つまり今回の司法省の主張は、「AI企業に何をしてもよい」というものではない。AIによる新しい技術開発を、既存の著作権制度によってどこまで制約すべきかという問題について、イノベーションと米国の競争力を重視した立場といえる。
NYタイムズは何を問題視しているのか
一方、NYタイムズ側の主張は正反対だ。同紙は、OpenAIなどが大量の記事をAIの訓練に利用したことで、自社の著作物が許諾なく利用されたと主張している。さらに重要なのが、AIがニュース記事の「代替物」になっているという点だ。
これについては、来月出版の『AI 時代と著作権 なぜ日本は、創っても儲からないのか―国破れて著作権法あり2―』(みらいパブリッシング)の「第6章 AI検索革命 vs 出版社モデル―ニューヨークタイムズ訴訟の本質(産業衝突)」で詳しく紹介したが、一言でいうと、従来の検索エンジンであれば、ユーザーは検索結果から新聞社のサイトを訪れる。しかし生成AIが記事の内容を要約して直接回答すれば、読者が元の記事をクリックする必要がなくなる可能性がある。ゼロクリック・サーチとよばれる検索である。そうなれば、広告収入や購読者獲得にも影響する。
9月4日に提出された双方の書面でも、争点は大きく「AIによる利用が著作物を十分に変形したものなのか」「AIサービスがニュース記事の市場を代替し、経済的損害を与えているのか」という2点に集約されている。ここでフェアユースの判断が重要になる。単に「AIは新しい技術だから認められる」という話ではなく、著作物の利用目的や性質、利用量、市場への影響などを総合的に判断する必要があるからだ。
OpenAIにとって追い風なのは確か。ただし…
司法省の介入は、OpenAIにとって明らかに重要な材料だ。
政府が「AI開発は米国の競争力や国家安全保障に関係する」と明確に主張したことで、裁判所がAI訓練を単純な「無断コピー」の問題としてではなく、技術革新との関係で考える余地が強調された。
また、裁判そのものも徐々に争点が絞られている。8月6日の裁判所命令では、NYタイムズなどがOpenAIやMicrosoftに対して提起していた一部の寄与侵害に関する請求が整理され、別の理論を追加するための訴状変更も認められなかった。
ただし、ここで見逃せない動きがある。
9月17日には、これまで非公開だった証拠の一部が公開され、OpenAIやMicrosoftの幹部・従業員が、AIサービスがニュース記事や書籍の代替になり得ることについて社内で議論していたとする原告側の主張が明らかになった。
たとえばMicrosoftのサティア・ナデラCEOについて、チャットボットとの会話が出版社サイトの「代替」になっているとの趣旨の証言が紹介されたほか、OpenAI幹部の社内発言も公開された。出版社側はこれらを、AIが既存コンテンツの市場を侵食している証拠として位置づけている。
もっとも、これらは原告側が提出した資料に基づく主張であり、発言そのものが直ちに著作権侵害を意味するわけではない。Microsoft側も、個々の発言と裁判で争っている著作権上の結論を混同すべきではないと説明している。
判決のポイントは「AIか著作権か」ではない
この裁判を「AI企業対新聞社」という単純な構図で見ると、本質を見失う可能性がある。本当の焦点は、AI時代に著作権法の既存ルールをどう適用するのかという点だ。
AI企業側から見れば、ネット上の膨大な情報を学習できなければ、現在の大規模AIモデルを作ることは難しい。
一方、出版社や作家からすれば、自分たちが長い時間と費用をかけて作ったコンテンツがAIの原材料として大量利用され、その結果として自分たちのサイトや作品の市場まで縮小するのであれば、何らかの対価や保護を求めるのは自然な問題提起でもある。
しかも、今回の判断はNYタイムズ一社だけに影響するものではない。書籍、ニュース、画像、音楽など、生成AIと著作権をめぐる他の訴訟にも影響する可能性がある。
司法省の意見はOpenAIにとって強い追い風だ。しかし、裁判所が最終的にどこまでその考え方を採用するかは別問題である。
今後の焦点は、AI訓練そのものをフェアユースとして認めるのか。そして、AIが生成する回答が元コンテンツの市場を代替している場合、それを著作権法上どう評価するのか――この2点になりそうだ。AI企業とコンテンツ企業の双方にとって、この裁判は単なる一企業間の訴訟ではない。AIが「学習する」ために必要な情報を誰が提供し、その対価を誰が負担するのか。さらに、AI時代の著作権制度そのものをどう設計するのか。
NYタイムズ訴訟の行方は、OpenAIの今後だけでなく、生成AIとコンテンツ産業のビジネスモデルを左右する可能性がある。司法省の介入によってOpenAI側の主張に勢いが加わったのは確かだが、最終的な勝負は、裁判所が「フェアユース」と「市場への影響」をどう判断するかにかかっている。
司法省の意見書提出2日後の9月4日、OpenAI・Microsoftと出版社側がそれぞれサマリージャッジメント(略式判決)を求める書面を提出した。略式判決は陪審による事実審理を経ずに判事が法律の解釈のみ判断する判決。ちなみに「米地裁、非生成AIによる著作権侵害訴訟フェアユース認めず」で紹介したデラウェア州連邦地裁判決は略式判決だった。
今回の最終的な勝負は、上記のとおり、裁判所が「フェアユース」と「市場への影響」をどう判断するかにかかっているが、「市場への影響」などの判断は事実認定が必要と思われるため、略式判決を裁判所が認めるかどうかは予断を許さない。
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