北朝鮮「核凍結」論に、日本は拉致とサイバーの条件を書き込め

「走っている車の向きを変えるには、まず車を止めなければならない」

韓国の李在明大統領が、国連総会に合わせたAP通信のインタビューでこう語った。同じ9月21日(現地時間)に公開されたニューヨーク・タイムズのインタビューでは、さらに踏み込んでいる。効果の乏しい制裁と、北朝鮮による核兵器とICBM(大陸間弾道ミサイル)の追加開発の中断を交換することには「相当な価値がある」。いまの状況で非核化を目標に掲げても、何も達成できない、と。

李氏は昨年9月にも英BBCに対し、核凍結を現実的な代案として容認する考えを示していた。今回はそこから一歩進み、凍結の見返りに制裁緩和を差し出すという取引の形まで示したことになる。

「北朝鮮が非核化するまで圧力をかけ続ける」。米国を中心に長年維持されてきたこの前提に、同盟国の大統領が正面から疑問を投げかけたのである。

日本はどうするか。私は「凍結には反対」と言うだけでは足りないと考える。凍結交渉が始まるなら、問われるのは「何を凍結し、何と引き換えにするのか」という条件表を誰が書くかだ。その条件表に、日本は拉致問題とサイバー攻撃を書き込まなければならない。

李大統領の論理

李氏の説明は明快だ。制裁は核開発を止められなかった。即時の非核化を求める限り北朝鮮は交渉に乗らない。その間にも核戦力は増える。韓国側の推定では、北朝鮮は年10〜20発の核兵器を追加生産できる能力を持つか、すでに生産している可能性がある。そして生存に十分な量がたまったと判断すれば、今度は輸出して外貨を稼ごうとする。李氏はそれを「本当に危険な瞬間」と呼んだ。

だから、まず止める。そのうえで「中断・縮小・廃棄」の三段階で進め、非核化は長期目標として残す。これが李氏の構図だ。国連演説では、朝鮮戦争の終結と平和体制づくりに向けて、南北に加え米国と中国を当事者として名指しし、対話を呼びかけた。

見落とせないのは、その当事者の中に日本の名前がないことである。

韓国内でも割れる評価

保守系の中央日報は社説で、段階的な解決策は1994年の米朝枠組み合意や六者協議ですでに失敗していると指摘した。北朝鮮は見返りだけを受け取り、検証の段階で協力を拒み、合意を壊してきた。凍結と引き換えの制裁解除は、パキスタンのように核保有を既成事実として認める結果になりかねない、という警告だ。

2019年のハノイ会談で、米国は寧辺の核施設の廃棄と主要制裁の解除の交換さえ拒んだ。それが今度は「廃棄」ではなく「凍結」で制裁を解くというのだから、懸念はもっともである。

日本にとってとくに危ういのは、「ICBMだけを止める」シナリオだ。米本土に届く能力が抑えられても、日本を射程に収める短・中距離ミサイルと核弾頭が残れば、米国は安心し、日本の脅威はそのまま残る。

一方、進歩系のハンギョレ新聞は、李氏の提案を「実用的なアプローチ」と位置づけつつ、凍結が核保有の容認に流れてはならないという専門家の警戒も伝えている。韓国の論争の本質は、核を持った北朝鮮を認めるか否かではない。核がすでにある現実から、何を最初の交渉材料にするかである。

専門家にも広がる「現実論」

北朝鮮研究で知られる国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は、米軍準機関紙スターズ・アンド・ストライプスの取材に対し、北朝鮮が非核化する見込みは薄いと受け入れ、現状のまま凍結を試みるのが「最も悪くない選択肢」だと語った。

ただし教授は、北朝鮮が凍結の見返りに多くを要求するだろうとも付け加えている。経済が上向き、中国とロシアの後ろ盾もある今の北朝鮮は、7年前のハノイ会談のときよりはるかに高い値を付けてくる、というのだ。

制裁解除、経済支援、核保有国としての承認、米韓合同演習の縮小。交渉が始まれば、請求書は長くなる。その請求書を誰がどう値切るのか。ここに日本の出番がある。

11月、舞台は深圳か

時間は多くない。米国では11月3日に中間選挙があり、18〜19日には中国・深圳でAPEC首脳会議が開かれる。トランプ大統領と習近平国家主席は5月に北京、9月に米国で会談しており、深圳での3度目の会談が見込まれている。香港メディアは、中国が米朝首脳の再会談を仲介する用意があると報じた。

選挙直後に外交の成果がほしいという政治的な誘惑は、合意を急がせる方向に働きうる。一方で、米国の対北制裁の多くは法律に根拠があり、国連制裁の緩和には安保理の決定が要る。大統領の一存ですべてが決まるわけではない。

いずれにせよ、米朝が動き出してから日本が意見を言うのでは遅い。

日本が書き込むべき条件

第一に、「凍結」の中身だ。ICBMだけでは不十分である。核物質の生産、核弾頭の増産、日本に届く短・中距離ミサイルの開発・配備、そして核関連技術の移転まで含めた包括的な凍結でなければならない。しかも北朝鮮が「止めた」と言うだけでは意味がない。国際的な査察や監視で確認できる仕組みが前提となる。

第二に、拉致問題である。高市首相は9月22日の国連演説で、拉致問題を、被害者の自由が今も奪われ家族が苦しみ続けている「現在進行形の問題」だと訴え、日朝平壌宣言に基づいて対話し、具体的に行動する用意があると述べた。

日本の最大のカードは、平壌宣言に基づく国交正常化と、それに伴う経済協力である。だが米朝、南北、米中の外交が先に進み、制裁緩和まで決まってしまえば、このカードの価値は目減りする。

だから日本は、制裁緩和の議論が本格化する前に、「拉致問題の進展なくして、日本の経済協力はない」ことを米国に明確に伝えておくべきだ。米朝首脳会談が開かれるなら、拉致問題を議題に入れることも求める。2018年のシンガポールで、トランプ大統領は金正恩氏に拉致問題を提起した。今回も、それを確実に繰り返させなければならない。

凍結しても残る「裏口」

そして第三が、サイバーである。

実は高市首相の国連演説には、見逃せない一文がある。北朝鮮が暗号資産の窃取を含む悪意あるサイバー活動を資金源にしながら核・ミサイル開発にまい進している、という指摘だ。

日本は被害の当事者でもある。2024年5月にDMMビットコインから約482億円相当の暗号資産が流出した事件について、警察庁は同年12月、FBIなどとともに北朝鮮系のサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」の犯行と特定した。手口は、LinkedInでリクルーターを装い、採用試験に見せかけた不正なプログラムを実行させるものだった。2025年2月にはドバイの暗号資産取引所バイビットから約15億ドルが盗まれ、FBIはこれも北朝鮮の仕業と断定している。

核開発を凍結しても、この財布が開いたままなら、北朝鮮は制裁緩和の果実とサイバー窃取の稼ぎを両方手にする。凍結の条件には、暗号資産の窃取と資金洗浄ルートを断つ措置を必ずセットにすべきだ。

これは日本が主導できる分野でもある。核をめぐる軍事外交で日本が持つカードは限られる。しかしサイバー対策なら、被害の実態、捜査の実績、技術と人材、そして米国との捜査協力という手札がある。日本が安全保障の「消費者」から「設計者」に回れる、数少ない領域だ。

「反対」だけでは、席はなくなる

李大統領の提案には大きなリスクがある。それでも日本が「非核化以外は認めない」と繰り返すだけなら、いざ交渉が始まったとき、日本の席は用意されていないだろう。

凍結するなら、何を凍結するのか。制裁を緩めるなら、何を条件にするのか。そして拉致とサイバーを、その取引にどう組み込むのか。

核、拉致、サイバーは別々の問題に見える。だが北朝鮮という国家の生存戦略の中では、一本の線でつながっている。

北朝鮮問題は「非核化か、何もしないか」の二択ではない。現実が変わったなら、外交の設計図も書き換えればいい。ただし、目標まで下げる必要はない。

他国が作ったテーブルに呼ばれるのを待つのか。それとも、自らテーブルを設計するのか。日本がその答えを示すべき時は、11月より前である。

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