「売上3億」はスローガンである:事業計画が機能しない本当の理由

あなたの会社の壁に、こんな張り紙が貼ってはいないか。

「安全第一」「品質向上」「顧客満足」。

誰も見ていない。

見ていても何も変わらない。

なぜか。

そこに書かれた言葉が、具体的な行動を名指していないからだ。「品質向上」とは何を、いつまでに、どの水準まで上げることなのか。何も定義されていない言葉は、誰の行動も変えない。

実は、多くの経営者が作る事業計画書は、この張り紙と本質的に同じものだ。

「売上3億」のどこが明確なのか

「事業計画を作りましょう」と言うと、ほとんどの社長が最初に書くのは売上目標だ。「来期は売上3億円を目指す」。

この言葉のどこが明確なのか。

売上3億円とは、

何を売った結果の3億円なのか。
どの顧客から得る3億円なのか。
新規顧客と既存顧客の比率はどうなっているのか。
月次でどう積み上がるのか。
3億円を達成するために、誰が何をするのか。

何も定義されていない。

「売上3億円」という言葉は、数字がついているだけで、壁の張り紙と構造的に何も変わらない。数字付きのスローガンだ。

前回述べた通り、科学の本質は言葉を定義することにある。定義されていない言葉は、思考の道具にならない。「売上3億円」という言葉が名指しているものが不明確なら、それはActionプランではなくBehaviorプランでしかない。

BehaviorプランとActionプランの違い

前々回、映画監督が「アクション!」と叫ぶ話をした。その言葉は「目的に向かって意図的に動け」という合図だと述べた。

Behaviorとは、刺激に対する反応だ。「売上を上げろ」と言われたから何となく動く。「コストを削れ」と言われたから何となく節約する。目的から切り離された、条件反射的な動きだ。

Actionとは、目的に向かう意図的な行動だ。「来期第2四半期までに、既存顧客上位10社への単価を15%引き上げることで粗利率を現状の32%から38%に改善する」——これは行動を名指している。誰が読んでも、何をすべきかが分かる。

言葉が具体的に何かを名指しているかどうか。この違いが、事業計画をスローガンにするかActionプランにするかを分ける。

名指しが不明確な言葉は、人を漠然とした方向へしか動かせない。漠然とした言葉が指す方向へは、漠然としか動けないからだ。

なぜ書き方本もフォーマットもAIも役に立たないのか

前回、事業計画の書き方の本がいくらあっても書けない理由を述べた。今回はその続きだ。

書き方本が教えるのは、枠組みだ。「売上目標を書きましょう」「市場規模を調べましょう」「競合分析をしましょう」。しかし枠組みに何を入れるかは、社長自身が定義しなければならない。フォーマットは器だ。器があっても、中身の言葉が定義されていなければ、精緻な器に曖昧な水を注いでいるだけだ。

AIが生成する事業計画の雛形も同じだ。AIは流暢な言葉で「売上拡大施策」を書いてくれる。しかしその言葉が自社の文脈で何を名指しているのかは、社長が定義しなければならない。定義なき言葉をAIが代わりに並べてくれても、それは他人の計画書だ。

事業計画が書けない理由は、書き方を知らないからではない。書こうとしている言葉が、自社の現実における具体的な何かを名指していないからだ。

蓋然性はどこから生まれるか

全銀協・加藤会長が「事業計画の蓋然性を検証する」と述べたことを、以前紹介した。

蓋然性とは「誰が読んでもそうなりそうだと思える」計画だと述べた。しかし今回の論点と照らすと、その本質がより鮮明になる。

誰が読んでもそうなりそうだと思えるためには、計画に書かれた言葉が具体的な何かを名指していなければならない。「売上3億円を目指します」という文章から、読んだ人間は何をイメージするか。社長がイメージしているものと、銀行員がイメージするものと、社員がイメージするものは、全員バラバラだ。共有された意味がない。これが蓋然性のない計画の正体だ。

逆に言えば、言葉が具体的に何かを名指している計画は、読んだ人間のイメージが収束する。「来期第2四半期末までに、既存上位10社の単価を15%引き上げる」という言葉は、誰が読んでも同じ絵が浮かぶ。これが蓋然性だ。

事業計画とは、言葉の定義の集積だ。自社の現実における具体的な何かを名指した言葉が積み重なることで、初めて計画は計画になる。

壁の張り紙と計画書の違いは、形式ではない。そこに書かれた言葉が、具体的な行動を名指しているかどうかだ。

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