公明党の次期代表に岡本三成衆院議員が就任する見通しとなった。9月30日の党中央幹事会で代表候補に推薦され、10月3日の党大会で正式に信任される予定だ。公明党は岡本氏について、中道改革連合で中道政治を推進してきたことや、発信力、討論力などを評価しているという。
だが、岡本氏の代表就任をめぐっては、政策や人事以上に注目されている問題がある。わずか数カ月前、自分自身が何と言っていたのか、という問題である。
「中道がなくなる時には政治家を辞める」
岡本氏は中道改革連合に所属していた今年2月、インターネット番組で中道への覚悟を問われ、「中道がなくなる時には、多分私は政治家を辞めてます」と語っていた。
さらに、「状況が変わってまた別れるんだったら、元に戻ればいいという気持ちは全くありません」「これが最後の自分の政党だと思っている」とも発言していたことが、現在あらためてSNS上で掘り起こされている。
ここまで言えば、普通の日本語としてはかなり明確である。

岡本三成衆議院議員 Fbより
「中道という理念を大事にします」という程度の話ではない。「この政党が最後だ」「元の党には戻らない」「なくなれば政治家を辞める」と、自ら退路を断つような言い方をしていたのである。
ところが現実には、中道改革連合は9月に事実上の解体を決定した。立憲民主党出身者は新党へ向かい、公明党出身者は公明党に復党することになった。
そして岡本氏も公明党へ戻った。それどころか、戻った先で代表になるというのだから、政治の世界はなかなか奥深い。
「決意を示しただけ」という便利な釈明
岡本氏は過去の発言について、中道政治を実現することが政治家としての使命であり、その決意を示したものだったという趣旨の説明をしている。
【参照リンク】「中道が最後の政党」…公明代表内定の岡本三成氏「言葉が稚拙だった」中道政治実現に意欲 産経新聞
つまり「中道」とは政党名ではなく政治理念のことだった、という整理らしい。
公明党側も、結党以来「中道政治」を掲げてきたとして、岡本氏の姿勢には矛盾がないという立場だ。実際、岡本氏自身も代表候補決定後、「公明党が結党以来、一貫して掲げてきた中道政治を具体的に実現できる党に成長していきたい」と述べている。
しかし、それなら「元に戻ればいいという気持ちは全くない」「最後の自分の政党」という発言は何だったのか。理念について語っていただけなら、そもそも「元に戻る」という表現は出てこない。当時は明らかに、所属政党としての中道改革連合について語っていたと受け取るのが自然だろう。
政治家の「決意」はいつから比喩になったのか
もちろん政治状況は変化する。政党が分裂することもあれば、合流することもある。政治家が所属政党を変えること自体を否定する必要はない。問題は、そうした可能性を自ら否定して、政治生命まで賭けるような大言壮語をしていたことである。
「政治家を辞める」とまで言った人物が辞めないのであれば、「状況が変わったので考えを改めた」と率直に認めればいい。ところが、「あれは決意を示しただけだった」と意味を書き換えるから話がおかしくなる。
「最後の政党」は出戻り先だった
公明党は、中道改革連合から戻った衆院議員を迎え、組織の立て直しを急いでいる。岡本氏にはその顔としての役割が期待されている。新執行部では西田実仁幹事長の続投や、中野洋昌氏の政調会長起用も予定されている。
ただ、新代表に就任する人物がわずか数カ月前の自分の言葉を事実上撤回するところから新体制が始まるというのは、いささか皮肉である。








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