
はじめに
2026年8月、政府はGX(グリーン・トランスフォーメーション)政策の重心を大きく動かした。名称こそGXを掲げているが、中身は脱炭素一辺倒からエネルギーの安定確保を最優先する方向への修正である。
本稿では、化学工学に携わってきた一技術者(Chemical Engineer)として、その背景と内容、企業と社会への影響について私見を述べたい。
方針修正とその背景
直接のきっかけは中東情勢である。政府資料は、原油だけでなくナフサなどの石油関連製品でも供給の偏りや目詰まりが生じ、エネルギーや石油製品が外交手段として使われる戦略物資へ変わったことで、これまでの「当然の前提」が揺らいだと率直に認めている。
首相はGX実行会議で、潤滑油、シンナー、包装容器、医療用手袋といった石油製品の目詰まりに一件ずつ対応してきたと述べた。化石資源は燃料であると同時に、生活を支える無数の製品の原料でもある。電源の脱炭素化だけを見ていては、この「素材としての炭素」は視野に入らない。危機がその盲点を具体的に示したのである。
EUが2035年の新車CO2削減目標を100%から90%に緩める法改正を進めるなど、国際潮流も変わりつつある。ただし日本の修正は規制数値の緩和ではなく、長期目標を掲げたままの優先順位の組み替えであり、「反転」というより「重心の移動」と呼ぶのがふさわしい。
パワーGXの内容
8月26日に取りまとめられた「エネルギー需給構造強靱化総合パッケージ」、通称「パワーGX」の柱は、①化石燃料の調達安定性の抜本向上と、②GXの加速・強化という「二つの強靱化」である。
英語表記は「POWERR GX」とRが一つ多い。二つ目のRはResilience(強靱化)を指し、GXはその手段という位置づけだ。原油調達先の多角化や代替パイプラインの建設支援が並ぶ一方、GX側では原子力の最大活用と、水素・アンモニアなど「化石代替燃料」の供給拡大が掲げられている。
企業への影響と実現の見通し
企業にとって、この修正は投資判断の自由度が増すことを意味する。既存設備を活かしながら段階的に移行する道が開けたからだ。
一方で、代替燃料の採算という現実もはっきりしてきた。水素業界団体が今年5月に政府へ提出した政策提言は、2030年の水素供給コスト目標(CIF 30円/Nm³)の見直しを求め、当面は副生水素やグレー水素を活用する方針を示した。推進する側が、目標の厳しさを認めた形である。
筆者は5年ほど前、カーボンリサイクルの業務で経済性評価を何度か行ったことがある。水素価格を30円/Nm³と置いても、グリーンメタノール、グリーンアンモニア、合成メタンはいずれも市場価格の4、5倍以上となり、普及は見込めなかった。あるシンポジウムで講演された製鉄会社の幹部によれば、水素還元製鉄が成り立つには30円では無理で、14円程度の水素が必要だという。
では、水素のコストはどこまで下げられるのか。需要家が支払う価格は製造コストだけでは収まらない。電力費、電解装置などの設備費、運転・保守費に、液化やキャリアへの変換、輸送と貯蔵、受入れ後の再ガス化や脱水素、さらに保険、利益、為替の影響が積み上がって決まる。
このうち技術開発で大きく縮められるのは、主に電解装置の設備費である。しかし最大の項目である電力費は、次の式で決まる。
電力費[円/Nm³]=消費電力量[kWh/Nm³]×電力単価[円/kWh]
消費電力量は実用上約5kWh/Nm³で、その下限は熱力学で決まる(高位発熱量基準で約3.5kWh/Nm³)ため、縮められるのはせいぜい2〜3割だ。電力単価が20円/kWhなら電力費だけで100円/Nm³になり、14円に届くには、設備費をゼロとしても2.8円/kWh以下の電力が必要となる。これは水素技術ではなく、電源の問題である。
海外の安価な再エネ電力で製造して輸入する構想もある。だが安い太陽光は設備利用率が低く、電解装置の稼働率も下がって設備費の負担が重くなる。加えて、液化だけで水素の持つエネルギーの3割前後を消費するなど、変換と輸送には物理的な損失が伴う。製造で得をしても、運ぶ段階で失う構造である。結局、実現の見通しは水素技術の進歩よりも、極めて安価な電源を確保できるかどうかにかかっている。
社会への影響
化石燃料と石油製品の安定供給を重視する政策は、生活と産業の基盤を守る点で歓迎すべきものだ。
一方、代替燃料と既存燃料のコスト差を埋める手段として推進側が挙げるのは、コストダウンに加えて「環境価値の向上」と「支援」、つまりカーボンプライシングと補助金である。いずれも最終的には、製品価格やエネルギー価格、あるいは税を通じて社会全体が負担する。
コストの壁が技術で越えられないなら、「一時的」とされる支援は恒久化しかねない。出口を示さないまま負担を積み上げることは避けるべきである。
おわりに
パワーGXは看板にGXを残しつつ、中身ではエネルギーと素材の安定供給への回帰を選んだ。筆者はこれを後退ではなく、エネルギー政策が本来立つべき足場への回帰と受け止めている。
野心的な目標が技術革新や投資を呼び込むという考え方は、技術者として理解できる。しかし、不確実性の大きい気候モデルの予測を前提とした「2050年カーボンニュートラル」という長期目標を掲げ、その達成に向けて社会を設計しようとする発想、そして目標と現実の差を、賦課金や税という形で最終的に社会全体に負担させる構図には、疑問を抱かざるを得ない。
政策目標が工学的な検証を経ずに策定される限り、今回のような修正はこれからも繰り返されるだろう。筆者は、これを「砂上の楼閣」現象と呼んでいる。
1992年に気候変動枠組条約が採択されてから30年あまり。奇しくも「日本の失われた30年」と重なる。両者を直ちに因果で結ぶことはできないが、工学的な裏付けを欠いた目標に社会の資源を注ぎ続ければ、産業も社会も弱体化していくのではないだろうか。
政府自身が、石油製品の目詰まりを通じて素材としての化石資源の重要性を認めた今、問われているのは脱炭素の手段ではなく、脱炭素を絶対の目標とする前提そのものである。必要なのは、炭素を削減すべき対象としてだけ見るのではなく、燃料として、また素材として文明を支える資源と捉え、共に生きる道を探ることだ。筆者の「炭素共生」は、まさにこの方向を指している。







コメント