
前稿では、コロナ禍で専門家がどこまで政策判断に関与してよかったのか、「専門家と統帥権干犯」という観点から考えた。

だが、政治と専門家の境界以前に、もっと基本的な疑問が残る。
専門家集団の内部では、誰が誰を統御していたのか。
新型コロナ対策専門家会議では、脇田隆字氏が座長、尾身茂氏が副座長、押谷仁氏が正式構成員だった。一方、西浦博氏は専門家会議の正式構成員ではなく、政府資料上は「座長が出席を求める関係者」という位置づけだった。
にもかかわらず、「接触8割削減」「42万人死亡」という、日本社会を大きく動かした数字の顔になったのは西浦氏だった。
ここからして、組織として奇妙である。
「個人として言う」なら、なぜ厚労省で言わせたのか
まず、当時の位置関係を整理しておきたい。
脇田氏と尾身氏は専門家会議の正式な責任者だった。押谷氏は正式構成員。一方、西浦氏は厚労省クラスター対策班で数理分析を担う実務側の専門家であり、専門家会議そのものの責任者ではなかった。
2020年4月15日、西浦氏は、何も対策を取らなければ国内で約42万人が死亡する恐れがあるとの試算を公表した。
その公表に慎重だったのが押谷氏である。
文春の当事者取材によれば、押谷氏は西浦氏に、一人で背負うには重すぎる数字であり、首相が言うべき筋だという趣旨で警告していた。後にも「あれは出すべきではなかった」「出すなって僕は言った」と振り返っている。

押谷氏は西浦氏の直属上司ではない。両者は同じ指揮ラインではなかった。
だから、自らの権限だけで会見を中止させられたとは言いにくい。
しかし無関係な第三者でもない。
押谷氏は専門家会議の正式構成員であり、公表の危険性を事前に認識していた。
ならば、自分で止められないのであれば、止められる立場の人間に上げるべきだったのではないか。
脇田座長や尾身副座長に、「西浦氏が個人資格で42万人という重大な数字を出そうとしている。私は反対している」と報告し、正式な専門家組織として判断を求める。
直接止められないなら、止められる責任者に上げる。それが組織である。
責任の重さは同じではない。
西浦氏は公表した当事者。
脇田氏は座長。
尾身氏は副座長。
押谷氏は別ラインながら正式構成員で、公表への懸念を事前に持っていた。
したがって、押谷氏の責任はゼロではない。一方、脇田・尾身両氏には、より重い組織統治上の問いが残る。
ところが厚労省側も止めなかった。
文春取材によれば、厚労省官僚は西浦氏に、「クラスター対策班として言うんじゃなくて、個人として言うんだよね」と確認したという。

私はここに最大の違和感を覚える。
確認するのではなく、止めるべきだったのではないか。
厚労省の正式見解でないなら、少なくとも厚労省内から発信させるべきではない。
本当に個人として発表したいなら、自分で会場を確保すればよい。
「個人として言う」なら、省外で言えばよかった。
個人発言か、内部調整済みか
ところが後には別の説明が出てくる。
2022年の政府有識者会議への提出資料では、西浦氏自身の説明として、42万人試算は「厚生労働省との内部調整を経た上での公表」だったと記されている。
これは政府による正式な事実認定ではない。
それでも疑問は残る。
公表前には「個人として」。
後には「厚労省との内部調整を経た公表」。
では、いつ個人発言が内部調整済みの発表になったのか。
最初から厚労省が了承していたのか。
それとも42万人という数字が全国ニュースとなり、無視できない既成事実になった結果、後から追認したのか。
後者だったと断定できる資料はない。
しかし、最初から正式に内部調整済みだったなら、「個人として言うんだよね」という確認は極めて不自然である。
しかも、内部調整済みだったなら、なおさら西浦氏が単独で前面に立つのはおかしい。
本来なら厚労大臣、あるいは脇田座長や尾身副座長が責任主体として前に立ち、その隣で西浦氏が求められて計算根拠を説明する。
それなら理解できる。
個人発言だったなら止めるべきだった。組織発表だったなら責任者が前に立つべきだった。
どちらに転んでも、実際の会見形式は説明しにくい。
厚労省内部でも説明が食い違った
4月21日の加藤厚労相会見には、さらに象徴的な記録が残る。
記者は、西浦氏の会見について、厚労省広報室は「知る立場にない」と説明する一方、担当部局は広報室主導で会見室での情報発信を決めたと説明している、と食い違いを指摘している。
ここまで来ると、単なる広報ミスではない。
誰が会見を決めたのか。誰が発表主体だったのか。誰が止める権限を持っていたのか。
その境界自体が曖昧だった。
独断専行、既成事実、そして追認
もし最初は「個人発言」だったものが、社会的影響が巨大化した後で組織に追認されたのだとすれば、問題はさらに深刻である。
独断専行を止めず、既成事実化した後で組織が追認する。
この構図には既視感がある。
防衛研究所はノモンハン事件について、関東軍側が十分な上級調整を経ずに行動し、大本営との意思疎通が不十分だったことを組織的欠陥として分析している。
河本大作や辻政信の問題も、単に特異な人物がいたことではない。
正式な最終責任者ではない人物が先に動き、既成事実を作り、上級組織がそれを十分に統御できなかった。
西浦氏の政策助言と軍事行動は、もちろん性質も結果も違う。
だが、正式な最終責任者ではない人物が先に既成事実を作り、それを組織が止められず、結果的に追認するという組織論上の構図は重なる。
田母神事件では組織が動いた
だからこそ、2008年の田母神俊雄航空幕僚長のケースが対照的である。
田母神氏は政府見解と異なる歴史認識を民間の懸賞論文で公表し、航空幕僚長を解かれた。
政府答弁では、防衛省が「規律違反の可能性が排除できなかった」と判断し、懲戒手続を検討した経緯が確認できる。
「個人の意見だから組織とは無関係」とは扱われなかった。
西浦氏と田母神氏では法的身分が違う。
だから同じ処分を求める話ではない。
逆である。
全国民の生活を左右するほど巨大な政策影響力を専門家に与えるなら、なぜ、それに見合う発信規律と監督責任がなかったのか。
メディアが既成事実を増幅する
しかもコロナ期には巨大な増幅装置があった。
マスメディアである。
42万人。
接触8割削減。
強い数字は大きく報じられ、国民の危機感を高め、より強い政策を求める世論につながる。
本人が世論操作を意図していたと断定する必要はない。
問題は、正式な意思決定の前に世論を動かせば、その世論自体が政策上の既成事実になり得ることだ。
これは命令ではない。
しかし、世論を経由する政策形成の迂回路である。
専門家会議に足りなかったのは統治だった
西浦氏だけを批判して終わる話ではない。
押谷氏は危険性を認識していた。
尾身氏は副座長だった。
脇田氏は座長だった。
厚労省はクラスター対策班を設置し、会見場所や広報にも関与した。
それでも42万人会見の責任主体は曖昧だった。
独断専行 → 既成事実化 → 組織の追認 → 責任の拡散。
もしこの流れが起きていたのなら、日本は戦前の組織病理から本当に学んだと言えるのだろうか。
個人発言なら止める。
組織発表なら責任者が前に立つ。
直接止められないなら、止められる責任者へ上げる。
そして結果が外れたら検証する。
当たり前のことである。
コロナ専門家会議に足りなかったのは、専門知ではない。
指揮命令系統と統治だった。
【出典】
・文春オンライン「“西浦試算”公表前夜の暗闘」
・新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議・古市委員提出資料
・厚生労働省「加藤大臣会見概要 2020年4月21日」
・防衛研究所「ノモンハン事件における集団浅慮」
・衆議院「田母神前航空幕僚長に関する答弁書」
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