トヨタ社長証言への期待と不安 - 北村隆司

北村 隆司

豊田社長が、正式招待がないなどの理由で下院公聴会への出席を見合わせる意向を発表すると、欧米の報道機関は一斉にトヨタに批判的な論評を掲げました。この勢いに押されてやっと出席を決めた豊田社長ですが、決断の遅さが心証を悪くさせ、公聴会での質問を必要以上に厳しくさせる恐れがあります。


これだけ大量のリコールを発表しながら、議会での証言を現地の社長に任せるトヨタの方針は、難局に面した時にトップ自身が前面に出て対応する事が常識化している欧米では理解できないのも当然です。

トヨタ問題の議会聴聞の一番バッターを受け持つ米下院監視・政府改革委員会は1816年から続く伝統の委員会で、民主党25名、共和党16名の議院で構成されています。昨年まで委員長を務めていた消費者保護の超タカ派であるワックスマン議員が、永年の念願がかなって昨年エネルギー・商業委員会委員長に転出し、穏健派の議員が委員長に就任した事はトヨタにとっては幸運でした。

膨大な数の政治任命スタッフの調査機能に支えられた議員の質問の厳しさは、日本の議会審査の比ではありません。先の金融危機の責任追及の時も、主要金融機関や格付会社のトップを徹底的に吊るし上げ、米国自動車企業のトップの聴聞会では過去の経営判断ミスを具体的に挙げて、当時のGM社長に即刻辞任を迫る激しい議員もいた位です。選挙年でもある今年は、各議員の選挙区事情によるパフォーマンスも要警戒です。

横断的な調査権をもつこの委員会の質問が、広範囲に及ぶ事は充分予想されます。中でも、母屋に火の粉が落ちかかる緊急事態なのに、専門家の原因調査が終るまでコメントしないと言う社長の判断の適正性や情報処理遅れが目立つ企業体質、消費者保護に対する会社の基本方針等を巡って厳しい質問が出るに違いありません。

後手に廻ったトヨタですが、自動車安全を巡るフォード・ブリッジストン事件で、メーカー側の顧問弁護士を務めた大物のセオドア・へスター弁護士を顧問に採用するなど準備は着々と進んでいるようです。

フォード・ブリッジストン事件の起きた2000年当時の米国の記事に、今回の事件にも参考になる記事がありましたので一部を抜粋してご紹介したいと思います :

この記事は、「日本の企業には、困難に直面すると関係者だけで隠密に解決する文化が残っている。日本には、スキャンダルを起した企業は暫く謹慎し、大袈裟な新聞記者会見や広報活動を自粛することで反省の念を示す習慣があることがこの事件を通じて理解できた。米国人はこの文化の違いを理解する必要がある。それに対して米国では、スキャンダルを起した企業は大規模な広報活動を行ってスキャンダルの波及を防ぐ一方、マスコミは全力を挙げて、その企業の問題を毎日の様に暴き立てるのが普通である。然しこの事件は、事件を起した企業は顧客や取引先を非難せず、いさぎよく自己の責任を認めて自分で問題を処理する事と、部品は複数の供給先を確保しておく事、危機管理の不手際や手遅れが原因で起こる悪評は、企業そのものを潰す可能性すらあり、危機に際しては素早く、率直な見解を公表する企業体質を備えて置く事が如何に重要であるかを国境を超えて教えた事件である。」と強調した記事でした。

最近は日本の世相も米国化し、何事も大騒ぎする様になった事は否定出来ません。同じ大騒ぎでも米国の場合は、委員会の公聴会の全てを実況するTV番組があったり、大きな紙面を割いて双方の言い分を載せる新聞が多数あるなど、一部を抜粋して大袈裟に報道する日本のマスコミとは、紙面の大きさ調査報道の充実度や公平感覚に於いて大きな違いがあります。

話はそれますが、1965年に著したベストセラー「���nsafe at Any Speed」で米国自動車産業の安全無視を厳しく批判し、消費者安全運動の元祖となったラルフ・ネーダー氏や,トヨタ問題で強硬発言を繰り返すラフード運輸長官やイッサ下院議員、フォード・ファイアストン事件でブリジストンを非難した当時のナッサー・フォード社長やトヨタのライバルである日産のゴーン社長が、揃ってアラブ系であるという理由で、「トヨタ問題はアラブの反日陰謀だ」と言うもっともらしいつくり話しが、陰謀論の好きな日本で流行しないで欲しいものです。

日本企業、特にトヨタが本社原理主義企業だと言う印象が強い事も、米国議会が豊田社長の証言を強く求める背景にありました。「一時はトヨタの利益の9割近くを稼ぎ出した米国市場の大問題の処理を、日頃何も権限を与えていない現地社長に任せる事は不誠実だ」と思われても不思議がありません。「ジャストインタイム」生産方式で世界の製造業を変えたトヨタの経営者が、今回は「後手後手タイム」に終始した事は残念至極です。

トヨタの様な世界的大企業には珍しい、大政奉還による社長就任を承認した取締役会の企業責任のあり方も質問される可能性があります。記者会見のTVを見ての印象では、豊田社長は部下の準備した原稿を元気良く読み上げるタイプで、聴聞会で自説を曲げなかったナッサー元フォード社長のしぶとさや、静かな口調で自分の信念を説得する南アのマンデラ大統領的な風格は感じませんでした。

好むと好まざるにかかわらず、トヨタは世界に冠たる企業であり、その企業のトップは世界的指導者としての姿を期待されています。トヨタの信頼回復と社長の信頼回復は一直線上にあります。トヨタたるもの、創立者の孫と言う理由だけで社長を選任したわけがない、きっと世界的企業を率いる人物に違いないという期待と記者会見で得たひ弱な印象の不安をあわせ持ちながら公聴会を待つ心境です。