先ごろ、米国の新国防戦略QDR2010(4年ごとの国防計画見直し:2010年度版)が発表された。今回のQDRの性格は予算獲得の根拠としたQDR2001、国防戦略の根拠としたQDR1997の両者の性格を持ったものだった。そして、具体的内容の一つの特徴を挙げるならば、非対称戦争に苦しむ米国が、ついに自らも「非対称」としてきた存在に向き合おうとしていると言えよう。こうした米国の新しい戦略下では、現在、様々な新しい取り組みが行われつつある。今回は、その取り組みの一つから、わが国が参考に出来る新しい平和協力の事例を取り上げる。
米国の国防戦略の転換
そも、国防総省は、これまでの装備品調達の予算における内訳を見れば明らかなように、正規戦による国家との戦争を基軸にしてきた。しかし、その結果、アフガニスタンとイラクでは米軍の組織構造としては想定外の戦争を戦うことになった。つまり、米軍はラムズフェルド国防長官達が作り上げた「速戦即決・速やかな撤退・国家再建任務の否定・対ならずもの国家・恐怖による心理獲得」を前提にした組織で、「泥沼の長期戦・長期駐留・国家再建活動・反乱勢力との戦い・宥和による心理獲得」を闘うことになったのだ。この結果は、既に知られている。「速戦即決、速やかな撤退」を前提とする米軍が「泥沼の長期戦・長期駐留」を行った結果、兵員のローテーションサイクルに異常をきたし、多くの脳疾患患者や不具者を生み出し、組織の構造に大きな負荷をかけた。それは米国内の動員できる戦力を空っぽにし、カトリーナなどの自然災害で米軍が出動できないという異常な事態を引き起こした。まさに、イラク戦争の兵力数の少なさに反対して解任されたエリック・シンセキ元米陸軍参謀総長が「10個師団で12個師団の任務を行ってはならない」と解任時に警告した結果になった。また、「国家再建任務の否定・対ならずもの国家・恐怖による心理獲得」を前提する米軍が「国家再建活動・反乱勢力との戦い・宥和による心理獲得」を戦った結果は、アフガン・イラクでの躓きを生み出した。現在は、こうした行き違いはアフガン・イラクで修正されつつあるものの、後遺症は深刻である。
ゲーツ国防長官は、こうした米軍の組織構造と戦力が、現在戦っている戦争なり任務と深刻なギャップを引き起こしているとの認識から、ブッシュ政権末期の就任以来、米国の組織構造と戦力を「泥沼の長期戦・長期駐留・国家再建活動・反乱勢力との戦い・宥和による心理獲得」に対応できるように移行させよう努力してきた。例えば、壁にカビが生えているように文字通り腐敗した陸軍病院の建て直し、対反乱作戦には役立たずのF-22の調達打ち切り、民生支援の拡大、撃滅作戦から安定化の重視へ、対反乱作戦に欠かせないヘリコプター・無人偵察機の調達拡大、兵員ローテーションの緩和、兵士のケア拡大、部隊拡大を伴わない兵員拡大、協力国の治安維持部隊の強化等である。そして、そうした戦略転換に反対する将官は、解任していった。これを象徴するのは、マッキャナンISAF司令官の解任である。マッキャナン将軍は、アフガニスタンの多国籍軍を指揮する立場にあったが、その作戦指導方針は「撃滅型」であった。すなわち、誤解を招きかねない表現だが、反政府勢力の殺害、民生支援の相対的な軽視、誤爆を恐れない積極的な航空支援が彼の作戦指導の中心だった。そのため、イラクで特殊作戦を主導したマクリスタル将軍が後任としてISAF軍司令官に任命された。マクリスタルは、住民の支持獲得を重視し、住民の離反を招く誤爆を防ぐために、現場部隊が苦戦しても航空支援を出し渋る方針に転換した。また、敵の殺害数の公表を取りやめ、敵を何人殺害したかではなく、何人の住人を守ったかで作戦を評価する方向に転換した。
このようなブッシュ政権末期からオバマ政権にかけての様々な取り組みを国防総省を中心とする米国政府内の意見を一年以上かけて集約しつつ戦略文書として纏めたのが、QDR2010である。つまり、現時点での米国の国家戦略なり戦争の方法の一つのコンセンサスである。QDR2010は、国防における4つの優先目標(the Four Ps)として、(1)現在の戦争(アフガン・イラク)における勝利、(2)紛争の予防と抑止、(3)あらゆる有事への備えと敵の打倒、(4)完全志願制軍隊の維持と強化、を掲げた。そして、これらを実現するための手段として、(1)戦力の再調整、(2)米軍将兵に対する総合的な心身のケア、(3)国内の省庁間、同盟国、協力国との協力強化、(4)国防総省の業務改革の実施を掲げている。今後はQDR2010の基本方針で政策が実施されていくと思われるが、そうした政策の一つと推測され、わが国にとっても参考になるのが、途上国の航空輸送能力の建て直し政策である。
途上国の航空輸送能力の建て直し
QDR2010では、4つの優先目標を達成するための手段である「協力国との協力強化」の一環として、紛争地域における協力国の治安維持部隊の育成に重点を置くことが強調されている。その中でも、「米空軍における訓練及び協力を目的とする航空戦力の能力を強化・拡大」、「協力国の空軍を訓練及び助言することで、治安維持部隊支援活動への米空軍の貢献を強化する」、「協力国によって使用される回転翼戦力を維持するための能力の支援と拡張するために、担当部署とリソースを求める。」といった文言が繰り返しでてくる。これは、対反乱作戦においては輸送機や輸送ヘリによる兵力移動がきわめて重要になるからである。特にアフガンのような車両が使いにくい山岳地帯ではなおさらである。そこで、米国の予算不足もあいまって、米軍と協力する国家(例えば、アフガン、パキスタン、イラクなど)の航空兵力、特に輸送に関係する兵力を米軍の協力によって拡大しようとなったのだ。
こうした取り組みと推定されるような取り組みが米軍の機関紙である2010年1月5日の星条旗紙(中東版)で紹介された。内容は、米軍のアフリカ諸国とのパートナーシップで特に重視しているナイジェリアでの活動だった。この記事によれば、ナイジェリアには、かつて米軍から供与されたC-130輸送機が幾つか存在していたものの、故障したままで使用不能になっていた。そこで、米空軍がリスボンの工場に運び込み、修理してやり、再び飛行可能にしたという。 また、空軍担当者は「この活動は、ナイジェリアがアフリカにおける平和維持軍を牽引するのを可能にする功績や、地域の人道的任務への援助への第一段階である」と評したという。要するに、アフリカ諸国が保有する、技術的資金的な理由で修理できない輸送機を米軍が使用可能な状態にしてやり、それによって地域の平和維持活動の支えにしようとしているということだ。
また、2009年9月6日の星条旗紙(中東版)によれば、ウガンダが2年前激しい雨による洪水に襲われたとき、現地の援助機関は氾濫によって孤立した地域に着くのに難儀したという。それは、ウガンダ軍に、食物、必需品、薬品を投下する手段が存在しなかったためであるという。そのため、約15万人が食料及び医薬品を受け取れなかったという。そこで、米空軍はC-130輸送機と空軍兵士を派遣し、人道支援物資投下のノウハウをウガンダ軍に教育し、大きくその人道支援能力を向上させたという。これもまた、現地に人道支援の航空面の能力を身につけさせ、地域の安定化を図る目論見だろう。このように、米空軍では、QDR2010の方針に合致する形で、地域安定化のために、途上国の航空輸送能力の建て直しが始まっていると指摘できる。では、彼らの活動から我々が参考に出来ることはなにか。
低リスクかつ高リターンな国際貢献活動
発展途上国の航空輸送能力への支援活動は、わが国が行う活動として、非常に低リスクかつ高リターンな国際貢献活動だと言える。何故、低リスクかについては2つのポイントから説明できる。第1に政治的リスク。整備部隊か訓練部隊でことたりるので、護衛以外の戦闘部隊を派遣する必要はない。護衛部隊だって、アルジェリアの例のように、アフリカ近くの安全な国の工場を確保して修理してやればよいだけので、不必要にも出来る。何より、目的が平和維持活動への支援であるから派遣が国内で問題になる度合いは低いだろう。援助物資や平和監視団を現地の人が派遣できるようになることに対しては、社民党でさえ反対しにくいだろう。第2のポイントは、負担のリスクである。給油活動は、海上自衛隊のローテーションに大きな負荷を掛け、その給油代が苦しい予算を圧迫するなど大きな負担をもたらした。また、陸自の平和維持部隊の派遣も人的損害のリスクがあるし、空自の輸送活動も撃墜されるリスクがあった2。しかし、発展途上国の航空輸送能力への支援活動ならば、自衛隊の整備部隊を送り込めばよいだけなので、派遣することによる危険や部隊の負担も軽いと思われる。
何故、高リターンかについても2つのポイントから説明できる。第1は対米貢献の面である。これまで、繰り返し述べてきたように、発展途上国の航空輸送能力への支援活動は、米国の国防戦略の一環である。それに沿った援助を日本がしていくことは、米国に対して大きな貸しになる。少なくとも、アフガンに適当に資金援助するよりは、普天間問題などの日米の懸案事項における有力なバーゲニングチップになるだろう。第2はわが国の影響力拡大である。これまで行えなかった「意図的な」軍事的支援を行うことで、アフリカやアジア諸国との安保面での関係強化、日本外交全体の影響力の上昇が見込めるからである。
現在、わが国の平和維持活動は中国に比較しても、極めて質量ともに低調であり、何かを行わなければならない状況にあることを鑑みればなお更である。
こうした理由から、私は、わが国も発展途上国の航空輸送能力への支援活動に積極的に自衛隊の整備部隊等を活用して取り組むべきと提言する。具体的な方法としては、基本的には日本のプレゼンス強化のために、自衛隊を使うべきと考えるが、危険度が低いので民間技術者を派遣してもいいと思うし、ナイジェリアの事例ではナイジェリアが資金を負担したようなので、日本が整備用の資金を負担するのも良いと思う3。
終わりに
本稿では、米国の戦略転換によって、米国が新しい安保政策を行っていることを指摘し、その一例として、途上国の航空輸送能力の建て直しを取り上げた。そして、わが国も発展途上国の航空輸送能力への支援活動に、自衛隊の整備部隊等を活用して、積極的に取り組むべきと提言させていただいた。今まで、わが国では国際協力活動で「何が出来るか」に眼力が置かれすぎていた。だが、これからは米国の戦略や現地の状況を鑑みた上で、「何が必要か」にも重点を置くべきだろう。勿論、「鳩山政権下では無理」「法的規制があるから無意味」とおっしゃる方もいるだろう。確かに、それは事実だろうが、それを言っても仕方がないのではないか。そろそろ、政権批判だけでなく、批判すべき部分を抱えた政権でも出来ることは何か、また将来的に何をしていくべきか、という安全保障戦略を語っていくべき時期に来ているだろう。異論反論や別の案がありましたらお願いいたします。
1.米軍が平和維持活動において航空輸送能力を重視する理由は、コソボでの苦い経験も大きい。コソボでの平和維持活動において、米軍は、虐殺への救援要請を受けながらも装備が鈍重すぎて救助にいけない事例が多発したのだ。コソボは交通インフラが貧弱なため、装甲車を派遣しようと思っても、橋はボロボロで通れない。かといって航空戦力を派遣しようにも、それを展開するような現地のインフラはなきに等しい。先進国で活動するならば問題の無い装備が、あまりにも貧しい地域では足かせとなったのだ。なお、この経験を踏まえて、クリントン政権末期からブッシュ政権初期にかけて、米陸軍は彼らにとっては初めての装輪装甲車であるストライカーを導入し、それを中核とするストライカー旅団戦闘団を創設することになった。
2.別に私はこのようなリスクだから派遣に反対だと言いたい訳ではなく、しかるべき予算と装備を与えて自衛隊にお願いするべきだと思っている
3.軍事協力を禁じたODA大綱に違反するという指摘もあるかもしれないが、意図的ではないものの、平和維持協力を目的として軍事援助をやってしまった例は既にある。アフガンへのDDR(武装解除)支援がその好例だろう。それでも問題ならば、「平和協力に限っては緩和する」とすればよいだけの話だろう。
コメント
QDR2010では、やはり米軍の厳しい状況が強く反映されているようですね。流し読みですが、中国がアメリカの手にあまることと、同盟国にもう少し下請けをして欲しいよというようなニュアンスが強かったように感じました。
発展途上国への航空輸送力といっても、米軍を作戦地に機動的に送り込む輸送力と、人道支援のための輸送力では意味合いが違う。けれども、実際問題として、支援を必要とする地域=戦闘地域でもあって、運用上は同じだったりと、悩ましい領域ですね。
ハイチ地震のような事態への大規模支援などであれば、理解を得やすいと思うのですが・・・・・
やや汚い言い方ですが、安全保障の一環として「正義を売っておく」というのは割と有効だと思うのですが。
大胆な発想の転換でありながら実現性の高い、優れた提言であると思います。
>akiteru2716さま
QDRに関してはイラン向けに書きつつ中国を批判していたり、大変アクロバティックながらも結構中国には厳しいなぁと感じました。米国の苦衷については、目的の部分で突然兵員のケアの話が出てくる部分で特に感じました。
「正義を売っておく」というのは大変同意いたします。
どうにも、日本での戦略の議論は道義的なものに潔癖性を皆が皆求めるようでして。。。
返信が遅くなり大変申し訳ありません
>松本先生
お褒めいただき、有難うございます。
今後ともご意見を賜れれば幸いです。
返信が遅くなり大変申し訳ありません