マレーシアから金正男氏の遺体が先月31日未明、中国北京経由で平壌に戻った。これで2月13日にマレーシアのクアラルンプール国際空港内で起きた「金正男氏暗殺事件」は、肝心の暗殺事件の殺人捜査の最終結論を下すことなく、幕を閉じることになる。
マレーシア当局は「事件の捜査は継続する」と表明したが、犠牲者の遺体が北朝鮮に戻ったばかりか、事件の容疑者と考えられてきた駐マレーシアの北朝鮮外交官(ヒョン・グァンソン2等書記官)や高麗航空関係者(キム・ウギル氏)も北に戻ったうえ、最重要容疑者の4人の北工作員は事件当日の2月13日、帰国済みだ。マレーシア当局の今後の捜査は、残念ながら難しいだろう。
金正男氏が北の工作員に暗殺されたことを示す状況証拠は多数あるが、北の「上の指令」を受けて金正男氏を暗殺したことを示す確証はまだない。正男氏の暗殺に使用されたVX神経ガスが個人レベルで製造できるものではなく、背後に組織的なグループがいたことを示唆しているが、これも状況証拠であり、確証とはならない。すなわち、北の金正恩労働党委員長が義兄の正男氏の暗殺を命令したことを確証で示すものはない。そのため、国際社会は「金正男氏暗殺事件の黒幕は金正恩氏だった」とは断言できないわけだ。
大韓航空爆破事件(1987年11月29日)では実行犯の一人が逮捕後、北の命令で実行したことを自白したが、北側は当時、それを否定した。そのような国が状況証拠だけで正男氏暗殺事件の犯行を認めるはずがない。その上、正男氏暗殺に関与した北工作員らはひょっとしたらもはや生存していないだろう。正男氏暗殺計画に関与した北工作員は処刑されたと考えて間違いないからだ。
マレーシア当局が北側の金正男氏の遺体返還に応じた理由は、北に駐在する9人のマレーシア人の帰国を可能にするためだった。9人は北側の人質だったからだ。その意味でマレーシア当局を批判できない。遺体の保存問題もあってマレーシア当局の今回の対応は仕方がなかった。「金正男氏暗殺事件」の背後に北側が関与していたことは間違いないうえ、確証がなくても国際社会もそのように受け取っている。金正恩氏への批判の声は静まることはないだろう。
金正男氏の遺体への対応について考えてみたい。北側にとって、遺体は北国籍を有する“金チョル氏”であって、金正日総書記の長男・金正男氏ではない。だから、平壌に戻った遺体は金ファミリー関係者が眠っている墓地に埋葬されることは絶対にない。それでは「無名戦士の墓地」に埋葬されるのだろうか。
当方の推測はもっと現実的だ。「金チョル氏」といってもその遺体が金正男氏であることは時間の経過と共に、北国民の耳に入るだろう。だから、「金チョル氏」の墓ができれば、金正恩氏にとって危険この上もない。アドルフ・ヒトラーの生誕ハウスの保存問題でオーストリア内務省が懸念したことは、その生誕地が極右派、ネオナチストたちの巡礼地となることだった。同じように、金正男氏の墓ができれば、反金正恩氏の“メッカ”となる危険性が出てくる。証拠を完全に隠滅することが犯行後の犯罪者のイロハだ。墓を作って埋葬すれば、禍根を残すことになる。
当方は、金正恩氏が金正男氏の遺体を火炎砲で骨まで完全に焼き尽くさせるだろう、と考えている。まさに、金正恩氏が叔父・張成沢(元国防委員会副委員長)にしたようにだ。残念だが、これが最も現実的なシナリオだ。
国際社会は「金正男氏暗殺事件」を通じて北側の独裁者がどのような人物かを再度確認できたはずだ。北との対話、交渉といった夢物語に耽る時は過ぎた。国際社会は力で独裁国家・北を解放すべき時を迎えている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。