アップルの閉鎖性については多くの議論が交わされている。ここではその閉鎖性を批判するよりは、「なぜそのような閉鎖的な私企業が作った製品より、より良い製品が他の企業から生まれないのか」という観点から問題を論じてみたい。
アップル製品の根幹をなしているのは、革新的な機能ではなく、その斬新なデザインである。機能的には他社製品のほうが使い勝手がいいものはいくつかあるが、アップルのロゴマークが入った製品をこぞって人々が買い求めるのはそのデザインに依るところが大きい。無駄なところを極限にまで削ぎ落した機能性とそのデザインによって、他社の追随を許さない。そして、スティーブ・ジョブズというカリスマ性溢れる経営者によって、その付加価値を究極まで高めている。
また他社にとってアップルより抜きん出ることを難しくしているのは、「アップル製品と似たものは出せない」というカルマを背負っていることもその原因のひとつだ。通常、競合他社は似たような製品を販売して、お互いに切磋琢磨する機会が与えられるが、ことアップルに限ってはその法則が当てはまらない。アップル製品と少しでも似たような製品を出せば、アップル信者から総攻撃にあい、一企業として大きな痛手を負うことが目に見えている。
多くの人にとってパソコンとはネットに繋げるための手段であり、道具である。そのような意味合いにおいては、市場に出回っているどの製品もそのニーズに応えるものであり、それについて誰もストレスを感じることはない。
そのことを熟知しているアップルは、自社製品について「そのシンプルなニーズに対してどのように付加価値を付けるか」ということを明確にして、製品開発を行っている。マイクロソフトがVistaで大きく躓いたのは、この視点が欠けていたからに他ならない。もう誰も重くて高機能なOSなど求めていない。ただネットとメールが出来ればいいのだから。
その意味においては、iPadは見事にそのニーズに応えている。手軽でおしゃれで軽い、非常に明確な商品コンセプトでありそのことによって圧倒的な付加価値が付いている。
一昔前までは、いい製品とは高機能な製品であることを指していたが、今では上記のような製品をいい製品と呼ぶ時代になった。そのことを自覚し、スティーブ・ジョブズという偉大なメッセンジャーにより、たいした宣伝広告費をかけずにその商品コンセプト
を流布出来るのがアップル最大の強みだ。
このように書くと、アップルに死角がないように見える。今、彼らに対抗できる唯一考えられる可能性は、今までの既存の製品開発のあり方を根本的に見直し、スティーブ・ジョブズと同じ発想で製品開発を行うことだ。「万人が欲しいものではなく、おれが欲しいものを作る」という発想だ。
日本の製品が世界から遅れを取り始めているのは、このような発想に乏しいからに他ならない。無駄な会議を開いて社内のコンセンサスを取るよりは、一個人のアイディアで製品開発を行えるような環境を整えることが重要だ。事もの作りに関して、我々はいまだ世界のトップレベルにある。足りないのは柔軟な発想と、周囲の反対を無視しても開発を行える環境だ。
良くも悪くもアップルとはスティーブ・ジョブズであり、スティーブ・ジョブズとはアップルである。今、日本のみならず世界中見渡してもそのような会社は見当たらない。今後、アップルよりも優れた製品を出す会社は、間違いなくそれと同じ文脈で語られるだろう。
松岡祐紀 株式会社ワンズワード代表取締役社長
(ブログ:KEEP MY WORD)
コメント
vistaの失敗を比較対象として出してくるのは間違っています。
せめてwindows mobileとかwindows phoneなどを、比較対象として出すべきでしょう。
> アップルに死角がないように見える。
個人的には、経営から製品開発に至るまでスティーブ・ジョブズと云う一個人に属人化し過ぎている点がAppleの一番のネックだと思います。
そもそもの問題として、なぜ今や世界指折りの大企業となってしまったAppleとわざわざ伍する必要があるのでしょうか?例えばAcerやASUSと云った台湾のPCメーカーは、知名度や革新性に於いてはAppleに劣りますが、その製品はコストパフォーマンスに極めて優れており、それでちゃんと利益を上げています。スマートフォン市場に於いても、製品単体では当面iPhoneの一人勝ちが続くでしょうが、OSの市場シェアではAndroidがiOS何れを上回るだろうと云う予測も出ています。別にApple勝たななくともちゃんと市場のニーズを汲み取ることが出来れば、それで十分やって行けるのではないでしょうか?(勿論競合する立場としては多少なりとも矜持は傷付くでしょうけど)。
必要なのはジョブズのやり方を真似る事ではなく、自らのビジネスモデル(ハイエンドに特化するのか、或いは海外も含め市場シェアを押さえに行くのかetc・・・例えば企画/設計に特化したARMや端末から土管まで一纏めで売り込みを計るNOKIAのような)を明確化する事なのではないでしょうか?傍から見ても、例えば東芝はきちんと自らの勝負するセグメントの絞り込みが出来ているように感じます。
発想はとても大事ですね。そして、それを
バックアップする組織、あるいは発想を
具体化する個人の行動力も重要に思えます。
「三洋電機のオーディオ部門のトップだった黒崎正彦(65)がシリコンバレーを訪ねたのは1997年秋のことだ。アップル再建のために復帰したばかりのスティーブ・ジョブズに面会し、記憶媒体を内蔵する携帯音楽プレーヤーを使って、音楽コンテンツを配信するビジネス案を披露した。
(中略)
だが、構想はあっけなく頓挫する。「音楽?コンテンツ?あきまへん」「これからは情報システムでっせ」。黒崎は会長だった井植敏(75)からこう言われた。「なにわ版iPod」構想はお蔵入りし、その後、復活したアップルと今も再建のメドが立たない三洋の差は余りにも激しい。」
2007/2/28 日本経済新聞 朝刊より
agorafan様、コメントありがとうございます。ご指摘のとおりだと思います。以後、気をつけます。
forcasa3様、コメントありがとうございます。
私の書き方が悪かったのだと思いますが、今回の投稿は「いかに企業として成功するか」ということではなく、「いかにアップルのような革新的な製品を開発するか」ということを論じてみました。
ご指摘のとおり、どの企業もアップルを目指す必要はありません。ただ革新的な製品を作るとなると、どうしても組織的な強さよりは個人の力量が大きくものがいうのではないかと思っております。
またすでにご存知かと思いますが、下記募集に関して今回投稿しております。
http://agora-web.jp/archives/1067428.html
お読みいただき、ありがとうございました。
松岡 祐紀
USには、成功したSteve Jobsもいるが、その裏で失敗したSteve Jobsも、何十倍もいる。
ところが、日本は、傾向としてはそうではない。
たとえば、オートバイの世界では、UJM(Universal Japanese Motorcycle)という言葉があるが、これは、CB750以降、4社が、バッジ以外は区別のつきがたいモデルを作っていたことをさしている。
あるいは、ある海外オペレータに携帯電話を売り込みにいったら、日本のメーカーのは、どれも同じようなものなので、1社から供給うけてれば、2社もはいらない、など。
なかでの商品の企画では、指摘のあるように、凡人が延々と会議をやって、最小公倍数みたいな商品ができることが多いのだが。
これは、日本人が創造性が欠如しているのではなくて、会社のシステムの問題、起業がすくない、などの問題だと思う。
求められているのは、個人の一層の自立ではなかろうか。
>革新的な製品を作るとなると、どうしても組織的な強さよりは個人の力量が大きくものがいうのではないか
私もそのように思います。市場の要望を積み上げたら斬新なアイデアや商品になるのであれば、斬新な商品は常に、大企業のもっともメジャーな部門から生まれている事になりますね。
TBさせて頂いた記事にも書きましたが、中小企業やこれから起業する人は、これからはクラウド・サービスが狙い目だと思います。その際、企業や家庭の中の事務作業(業務や家計簿など)について、どこかの達人のやり方を機能デザインのベースにする事で、使い勝手の良いコンパクトなシステムが出来、ユニークなサービスになるのではないかと考えました。
iPodは革新的でなかった。
iPhoneも革新的でなかった。
だがiPadは革新的だった。
革新的な商品には、時代を切り開く可能性を秘めている。
iPadは、見慣れない大型ディスプレイを持つタブレットデバイス。
ノートPCでもなく、携帯でもない、また、ハンドヘルドPCでもない。
約10時間利用できるバッテリーを持つこのハードウェアは、
Appleの新スタイルの提示であり、リスクを背負った挑戦だろう。
これは、現在の日本にないアグレッシブなイノベーション開拓だ。
「重い」「何に利用したらいいのかわからない」「あきた」
などのiPadに対する不満も出始め、
その理由もAppleは当然理解しているだろうし、
予想できていた事だろう。
だが、Appleはハードウェアとソフトウェアの2足のわらじを、
ガラパゴススタイルの経営方法のリスクを逆手にとり、
恐ろしく親和性の高いハードウェア群とソフトウェアを提供する事で、
顧客を逃がさない方法を確立した。
むろん、ガラパゴススタイルの経営は、
他社製品との親和性や共有といった部分を、
切り捨てる度胸がなくてはならない。
例えるなら、Adobe Flashを切り捨てた事が
上げられるのではないだろうか。
FlashがAppleの製品にとってマイナス要因(不具合や動作負担など)
になるソフトウェアだと仮定した時、
不具合に対するサポートやOSの改変を行わなければならなくなる。
当然時間がかかるだろうし、ソフトウェアは複雑化するのは目に見えている。
それならば、自社製品群で安定して動作するプラットフォームを作成し、
多くのユーザーに提供した方が、Appleの利益に繋がると考えたのだろう。
いかにもApple、ジョブズらしい考えだと思うのだが
・・・どうでしょうね?
>FlashがAppleの製品にとってマイナス要因(不具合や動作負担など)
蛇足的つっこみで恐縮ですが、不具合というのは表向きの理由で、Flashを入れるとApple Storeのビジネスモデルが崩壊するというのが真の理由だろうというのは多くの方が既に指摘されているかと思います。まあ、私企業の商売ですから、どんな屁理屈をつけようが、特定のアプリを意図的に排除する事が悪いとはいえませんが。
>不具合というのは表向きの理由
Flashを導入する事でApple Storeの
ビジネスモデルが崩れる可能性があるのなら、
企業として当然Flashを排除するでしょう。
iAdを主体にした広告戦略も、
他社のFlashがあっては、
Appleの利益にならないので、
当然Flashを排除するでしょう。
それでいて、Flashというクローズドな技術で、
不具合が出たり、サポートを行うのだとすれば、
Flashを排除し、自社のデバイスに親和性が高い、
新しいプラットフォームを提供することが、
利益に繋がるのだと判断したのでしょう。
heridesbeemer様、コメントありがとうございます。
>これは、日本人が創造性が欠如しているのではなくて、会社のシステムの問題、起業がすくない、などの問題だと思う。
ご指摘のとおりかと思います。日本的な組織の強み(個性よりも組織としてのまとまりを優先)は現代ではなかなか活かせなくなってきています。
仰る通り、「個人の一層の自立」を促進し、それをまた活かせる組織を作るということが重要なのかもしれません。
(誰もがジョブズを目指す必要はないですが、彼のような人物が出て来やすい環境を作ることが重要です)
bobby2009様、コメントありがとうございます。
HPで取り上げていただき、ありがとうございます。
「Apple iPhone 3GSとSONY XPERIA X1」の比較はとても分かりやい例だと思います。万人の意見を取り入れようとすると、どうしても高機能化は避けられません。そこでいかに無駄を削ぐかが、今後の製品開発のポイントになるのではないでしょうか?
クラウドサービスという分野は、まだ未知の分野ですが、ひとつ言えることは今後はいかに資本をかけずに起業し、早期にその僅かな投資を回収して、残りの利益をサービス強化に回していくような起業スタイルが主流になると思っています。それが可能となったのも、クラウドサービスのおかげではないでしょうか。
agorafan様、再度のコメントありがとうございます。
「Appleはハードウェアとソフトウェアの2足のわらじを、
ガラパゴススタイルの経営方法のリスクを逆手にとり、
恐ろしく親和性の高いハードウェア群とソフトウェアを提供する事で、顧客を逃がさない方法を確立した」
上記については仰る通りだと思います。またこれは私の個人的な意見ですが、ジョブズのiPad販売のターゲットは子供、そして子供たちが通う学校だと思っています。
それを前提とすると、フラッシュなどの自社のコントロールが効かないものよりも、自社開発しリスクの少ないものに取って代わるべきという判断があったのかもしれません。
(学校現場では、バグが発生した場合に対処できる人間がいないので、よりリスクの少ない製品が求められます)
bobby2009 様、再度のコメントありがとうございます。
「Flashを入れるとApple Storeのビジネスモデルが崩壊する」
それが真の理由かもしれません。ただアップルには多少なりとも、よりリスクの少ない自社開発のサービスに取って代わるべきという考えが合ったのでは思っています。
好意的な意見が多いので、ここは敢えて反論を。
日本には人材しか資源がないので、人材育成こそが最優先されるべきだと思います。また、日本の大企業は成功体験を持つ高齢者が実権を握っている事が多いのでスピード感に乏しいと云うニュアンスであればそれも賛同です。
ただ、だからと言って個人の力量に依拠し過ぎるのもどうかと思う次第です。例えばSONYは久夛良木さんと云うカリスマを得てPS1/PS2で大成功を収めましたが、PS3でそれまでの稼ぎを全て吹き飛ばしてしまう程の失敗をしています。一方でMicrosoftは、Vistaでの躓きを決して革新的とは言えない、且つ一個人によってデザインされた訳でもないWindows7で挽回しています。
結局のところ、何が成功して何が失敗するのかを事前に知る事は出来ないので、自らの身の丈に合った範囲内で既存ビジネスとベンチャー事業への注力を割り振るしかないのではないでしょうか。
日本の問題を挙げるとするなら、個々の力量不足と云うよりも一度失敗したら立ち直るのが難しい社会制度や風潮にあるように思います。
日本国内での携帯の売れ筋商品の一つに「らくらくホン」があります。これはターゲットを高齢者や障害者に絞り、ユーザのニーズを徹底的に調査した上で使い勝手に拘った商品だと聞いております。組織的な強さと言えるかは分かりませんが、こう云った日本的(?)開発手法は他にも応用出来るのではないでしょうか?
で、なぜその国内の携帯端末メーカーが世界的なヒット商品を生み出せないのかと言えば、元ドコモの夏野さんが言ってましたが、プライベートでスマートフォンを触った事も無いような人が開発現場の上層部を占めているからだとか。
onesword827様
bobby2009様
ご返答ありがとうございました。
>iPad販売のターゲットは子供
“うちの爺さんに見せたら、
ワシにも買ってくれと言われた”
“購入者が放置していたipad(海外版)を、
年端もいかない子供が取説なしで利用し、
勝手にゲームをダウンロードして遊んでいた”
といった感じのエピソードをチラホラと耳にします。
直感的に利用できるUIと、
見やすく大きな画面と綺麗なフォント、
スムーズな拡大・縮小は、
子供や、お年を召された方にとって、
使い勝手が良い部分だったのでしょう。
こからの電子書籍ビジネスも
視野に入れているはずなので、
確実にkindleなどと対抗する事になります。
だとすれば、幅広い齢層を視野に入れ、
直感的な操作が可能なUIであったり、
規格統一された相性の良いApple製品という
プラットフォームが生きるのではないでしょうか。
forcasa3様
>一度失敗したら立ち直るのが難しい社会制度や風潮
同感です、怖くて起業できません。
>プライベートでスマートフォンを触った事も無いような人が~
いつの時代にも、どこの会社にも、
いらっしゃいますね、そのような偉い方々。
ghi555様、コメントありがとうございました。お返事遅れて申し訳ございませんでした。
forcasa3様、コメントありがとうございます。
「日本の大企業は成功体験を持つ高齢者が実権を握っている事が多いのでスピード感に乏しいと云うニュアンスであればそれも賛同です。
ただ、だからと言って個人の力量に依拠し過ぎるのもどうかと思う次第です。」
こちらの意見はごもっともだと思います。しかし、革新的な製品を作るには最終的には個人の力量に依拠するのが今のところベストな選択肢だと思います。
agorafan様、コメントありがとうございます。
昨今の起業ブームと見ていると、「起業することが最終ゴール」となっているような印象を受けます。なにかやりたいことがあり、その手段として起業があるというのがベストなのですが。
ただ起業してから何をやるのか考えるのもひつの手だと思います。その際は、いかにお金をかけずに、智慧を絞ってビジネスをしていくかということが重要になります。
クラウドサービスが一般的になりつつある今でしたら、以前ほど起業にリスクはないのでは思っています。
このような環境ですと、トライアンドエラーを繰返し、個人でもより精度の高いビジネスモデルを構築していけるのでは思っております。
よろしくお願いいたします。