反核運動での日本の役割 - 北村隆司

昨年4月に「核廃絶」を誓ったオバマ演説は、早春を迎えたプラハの大統領官邸広場に集まった群衆を熱狂させました。

この演説は、国家の興亡を繰り返しながら、1968年のプラハの春を経て、今日の自由を勝ち取ったチェコの歴史を米国の歴史と重ね合わせ、黒人である自分が米国の大統領に就任する事を誰が予想したであろうか?と「夢は実現する」とチェコ市民に訴えた名演説でした。


彼は続けます : 

「米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。しかし我々は今、世界は変わることができないと我々に語りかける声を無視しなければならない。」

オバマ演説を知った私は,チェコが解放されて間もなくの1990年2月にワシントンを訪問したヴァクラフ・ハヴェル大統領が、米国議会で行った演説を思い出しました。

彼は長い演説の中で「米国民は200年以上もの間、途絶える事もなく民主主義に向かって歩み続けてきたという一つの大きな利点を持っている。その地平線に対する旅は、全体主義的制度によって中断される事は一度もなかった」と米国の成熟した民主主義に敬意を表し、「意識は存在に先んずるものである。マルキシズムが言うように、その逆ではない。人間の意識に地球的な革命を起し、人類全体が私の家族、私の国家、私の会社、私の成功如何を超える責任感を持たない限り、環境、人口、文明の破壊は避けられない。しかも、かの膨大な核兵器の愚劣な山積が有る限り、我々は勝利したとは言えない。換言すれば、我々は道徳性を、政治、科学、経済に先行するものとするすべを知らない」と言う文化人らしい口調で反核を訴えたのでした。

言葉や引用こそ異なれ、この両大統領の演説が理想と夢の実現の為には不断なき努力が必要だと訴えた点では全く共通でした。

オバマ大統領は「核兵器なき平和と安全の世界が簡単に実現出来ると思うほど私は『うぶ』ではない。一生をかけても実現出来ない恐れも覚悟する忍耐が重要だ。但し『世界は変らない』と言う声に耳を傾けず“Yes. We can.” と言い続けなければならない」と、モットーを織り込んだ演説はたちまちの内に世界に広がりました。

チェコの変革運動も、1968年のソ連軍を中心とするワルシャワ条約軍がチェコ国境を突破して侵攻し「プラハの短い春」は去ってしまいました。私が初めてプラハの街を訪れたのは1990年のことでした。世界最古の大学、スメタナ、ドボルジャークなどを生んだ美しいプラハの街ですが、私にはユダヤ人墓地やカフカの生家の持つ暗さに圧倒され、原爆の悲劇とユダヤ人虐殺が重なって見えた事を覚えています。

核廃絶の為には「自分の家族や出世、自分の国などを超えた、人間意識の地球的な革命」が必要だと説くハベル大統領と「“世界は変らない”と言う声に耳を傾けず“Yes. We can.” を信じよう」と訴えるオバマ大統領の言葉を繰り返し思い出しながら「日本人として、この夢の実現に貢献するにはどうしたら良いか」を考えてみました。

自衛権は勿論、集団自衛権も肯定しながら「核廃絶」の実現を願いながら、核廃絶=反戦と言う立場にもなり切れない私は「人道的な戦争は有り得ない」と言う思いと「より大きな非人道的な動きを制する為の戦争行為も否定出来ない」自分に葛藤しています。

65年前の8月6日、ヒロシマに落とされた一発の原子爆弾が、当時の広島の人口の4割、約14万人の命を奪い去りました。ナチスの蛮行と並ぶ許されない非人道行為である事は明らかです。

ヒロシマの原爆記念日も真近に控えた今日、日本の反核運動も一工夫をする必要があるのでは?と思うようになりました。反核運動の中で、私に最も大きな影響を与えた物は、両大統領の名演説でも、反戦、反原発、反核を同列に並べて反対する政治運動でもありません。なんと言っても広島、長崎の原爆資料館でした。

資料館で見る事実は、大きな白力を持って反省を迫ります。これは、ヤドバシェム慰霊博物館,(ナチスのユダヤ人虐殺行為の犠牲者を慰霊し生存者を称えるエルサレムの博物館)が与える強烈なインパクト共通する物です。ユダヤ人団体を中心とする「反ホロコースト」団体は、活発な募金運動を展開して世界各地で「ホロコースト博物館」の建設を始めました。

「原爆資料館」の持つ平和へのインパクトを考える時、募金運動に馴染まない日本の場合、公費を投じても世界各国で「原爆資料館」の建設を考える時期に来たのではないでしょうか?被爆者の声が持つ迫力は、雄弁家の演説を遥かに凌ぐ説得力があります。原爆の悲惨さと被爆者の生の声を世界に広める事は日本の「地球的」な責任でもあります。

世界各地に「原爆資料館」を建設する事で、核の恐ろしさ、核の非人道性を訴え続ける事が、ハベル大統領の言う「人間意識の地球的改革」を日本人が実現した証左であり「“世界は変らない”と言う声に耳を傾けず“Yes. We can.” 」を信じようと訴えるオバマ大統領の言葉を、世界で始めて具現する事に繋がる筈です。

コメント

  1. wishborn2400 より:

     北村氏の提言に大きく共感します。
    先だっての日の丸君が代の話題の際に「世代」の問題が提起され
    ましたが、原爆の投下から半世紀以上を過ぎ、原爆を体験した世代
    の生の記憶が失われつつある今、それをどのように承継していくかは
    将来の平和に向けての課題となっているものと思います。
    実体験を持たない世代がほとんどになっても、核兵器は失われては
    いません。その恐怖や悲惨を知らないことは、世界的な核兵器の
    脅威を増大することにつながるのです(場合によっては、自らが
    核武装することによって)。そうさせない「責任」が過渡期の我々には
    あるのではないでしょうか?

    原爆を知らない世代への承継は、ひいては原爆を知らない人々への
    承継という世界的な広がりにもつながっていくものだと思います。
     原爆の碑文にみるように、原爆を人間の尊厳への犯罪と捉える
    日本の姿勢は、個別の国家に対する憎しみを超えたものであり、
    被爆者やその遺族が悲惨を乗り越えて至った願いであり、祈りです。
    北村氏の主張されるように、それを伝えることは我々の「責任」で
    あり、世界に通じるメッセージであると私は信じます。

     私自身は国家をシステムと割り切るべきと考え、世代というような
    有機的な関係性で捉えることには違和感を感じますが、こうした
    効用というのは、やはり無視できない、ある種の智慧なのだろうと
    感じます。

  2. yasu67 より:

    「より大きな非人道的な動きを制する為の戦争行為も否定出来ない」北村さんがなぜ、原子爆弾については
    「ナチスの蛮行と並ぶ許されない非人道行為である事は明らかです。」と断言できるのですか?
    原爆投下についても、むしろ戦争被害を減らすために必要だったという主張は巷にごろごろ転がっている様なのですが、
    その主張について北村さんはどう考えているのかが気になりました。