雇用は大切だが、単なる“幻想”では経済は良くならない  ―前田拓生

前田 拓生

菅政権誕生以来初めてとなる国会論争が終了しました。“攻めない菅さん”にはあまり魅力を感じないものの、何となく「無難に乗り切った」という感じ。とはいえ、無難過ぎて「何がしたいのか」が全く見えず、9月の民主党代表選挙までの単なる「つなぎ政権」という印象を強めただけのように思います。

そのような中、唯一、菅さんの話として印象に残ったのは「雇用」に対する意気込みでした。でも、政府が「雇用を増やす」ということで、経済を活性化できるのでしょうか?


菅さんは、首相になる直前、参議院選挙中、今国会を通じて“全くブレることなく”言っていたのが「雇用が増えれば、経済が良くなり、財政も良くなる」という話。今国会でも社民党からの質問に対して「介護分野は給与環境が良くなくて雇用者が集まっていないようなので、このような分野には予算的な措置を付けて雇用の促進を図りたい」という旨の発言をしていますし、このような政策を実施することで「経済が活性化し、財政も良くなる」と本気で思っているようです。

確かに、介護関係者への報酬を引き上げることは大切でしょうし、それによって雇用が増加すれば、雇用された人々は所得が増加するので、その範囲においては消費動向にとってプラスになります。

でも・・・

これは単純に、道路工事でもダム建設でも、同じように雇用が促進されるわけですから、今までの公共投資と同じです。つまり、“コンクリート”に偏った公共投資ではないだけで、このような形で雇用を増加させても、政府支出の波及効果(乗数効果)は基本的に同じと考えられます(かなり低いでしょう)。一部の人々の所得が増加することは確かですから、その人々は消費を増加させるでしょうが、景気状態が悪く、先行きに対する不安が払しょくできない中にあっては、その広がりは限定的になると考えざるを得ないのです。逆に財政悪化を懸念することから、多くの人々が消費にネガティブになる可能性さえあり、政策効果はマイナスになることも考えられます。

さらに・・・

コンクリートの公共投資とは違い、介護関係の仕事はエンドレスですから、一旦、予算的な措置を付けて介護関係者の報酬をアップさせた場合には減らすことは容易ではないので、コンクリートの公共投資よりももっと慎重に考えないといけないことになります。財政に余裕があるような時期であれば問題はありませんが、一方で「財政危機」を訴えながら、恒常的に財政を逼迫させることになる“人”への公共投資を拡大させるのは、どう考えても矛盾する話です。

この疑問に対して「雇用が増えれば、経済が良くなり、財政も改善するから」というのが菅さんの言い分のようです。が、そもそも「雇用が増加すれば経済が良くなる」のではなく、経済(景気)が良くなれば、それに対応するために企業が「雇用を増加させる」のであり、その結果として企業利潤や雇用者報酬が増えれば、それに伴い税収が増加し、財政が良くなるのです。

税収が増加する前に介護関係の費用が増加すれば、社会保障関係費が今以上に増加することになるので、国民は将来不安を一層深めることになるでしょう。となれば、一部の所帯(介護関係者など)の所得が増加したからと言って、消費が波及的に増加する可能性は薄く、景気を回復させることもないでしょう。つまり、社会保障関係費の負担が増えるだけで、何の対策にもならないということなのです。

他方・・・

企業が雇用を増やすのは、人を雇うことによって売上や利潤が向上すると予想される時に限られます。売上や利潤の増加が見込めない状態では、雇用はおろか、安価な機械さえ購入することはありません。社会主義的な思想の人々は嫌うのでしょうが、経済学的には賃金も企業にとってはコスト(費用)ですから、売上や利潤の向上が今後も継続的に見込まれるような景気状態でない限り、雇用を増やすことはありません。

逆に、企業が雇用を増やすような時期は、景気が良くなっているはずですから、需要を賄うためにも設備投資などを増加させるものです。設備投資は、機械を作る機械(工作機械)などを生産している企業の売上が増加するので、この分野の企業の雇用も増加させることになります。さらに工作機械の部品を生産している企業の売上も増加するので、ここでも雇用が発生します。

このように政府としては「雇用」を増加させるために、まずは「景気を良くする」ための対策を考えることが必要なのです。景気を良くしたいために、現状、「(政府支出を使って)雇用を増やす」というのは、単に「財政を悪化させるだけ」ということを理解してほしいものです。

「景気を良くする」という意味では、短期的ではありますが、エコカー減税のような方法が良いと思っています。消費をした人以外は減税にならないわけですから、効率よく消費の向上を促進でき、しかも、そのための財政支出も比較的少なく済むからです。とはいえ、これは単純に「消費の先食い」ですから、いつまでも続けるわけにはいきません。なので、とりあえず、9月末で打ち切りを決めたということでしょう。

まぁ、打ち切った後も消費動向等を勘案し、景気刺激が必要であれば、「再度実施」と言うこともあるでしょう。しかし、消費の先食いだけに徐々にその効果は減少するでしょうから、抜本的な景気対策は別途考える必要があるということになります。それを「どうするのか」が焦点であったはずが、全く、今回の国会では話題にはなりませんでした。非常に残念なことです!これは攻める側である野党にも問題があるでしょう。

単純に「日銀がさらなる緩和政策をすれば、30兆円のGDPギャップが埋まる」というものではないし、そもそも「ホラ、簡単!」という政策があるはずもありません。

先進国の場合、慢性的な過剰供給状態は今後も続くわけですから、規制緩和を行い、産業・起業の新陳代謝を促すような政策を実施すべきですし、アーリーステージ(創業期)であっても資金供給がしっかりと回るような金融改革なども進めていくべきでしょう。また、産業・企業の新陳代謝が激しくおこるのであれば、それに伴って雇用も流動化することが求められます。そのためには職業訓練等の整備も必要になるでしょう(これは8/5付けの日経朝刊に書いていたように、スウェーデンを模したような新しい制度を構築するようです)。

「雇用が増えれば」というのは、経済を考える人であれば誰でも思うことですが、「だから」といって“人”への公共投資のようなことをやっても、現状、意味がない、というよりも、もっと悪い結果になるでしょう。

リーマンショックによる緊急事態からは、とりあえず、脱していることもあり、また、ねじれ国会とはいえ、衆議院では圧倒的な議席があるのですから、今やるべきことは、目先ではなく、中長期的な政策を議論することです。そのためには与党・政府が、しっかりとした「たたき台(具体的な政策)」をつくることが重要です。

その点がはっきりしていないから、今の菅政権に対して、国民は不安がっているのであり、期待が持てないのです。空想や幻想のような話ではなく、せめて経済学的に説明のできる程度に現実的なたたき台を早急に作成し、広く議論をして欲しいものです!

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