株式ベースの投資が経済を活性化する - 『カイシャ維新』

池田 信夫

★★★☆☆(評者)池田信夫

カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書
著者:冨山 和彦
朝日新聞出版(2010-08-20)
販売元:Amazon.co.jp
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私が経済産業研究所に勤務していたころ、当時の次長が産業再生機構に出向することになった。送別会は葬式のような感じで、だれも「官製ファンド」で企業再生ができるとは思っていなかった。しかし結果的には、再生機構はカネボウやダイエーなどを再建し、2007年に解散したときは700億円以上の利益を出した。それは小泉改革という時代に恵まれたせいもあるだろうが、日本経済が崖っぷちにきているという危機感を共有したことが大きかったのだろう。

本書は産業再生機構のCOOをつとめた著者が、その経験を踏まえて日本のカイシャがどう変わるべきかを論じたものだ。この経験から著者が力説するのは、会社が機能するための条件は「官か民か」ではなく、ガバナンスが機能しているかどうかだということである。官であっても再生機構のように高いモラールを維持した組織は成功するし、民であってもJALのように経営陣に責任感のない組織は自壊する。

「株主資本主義か否か」という神学論争も無意味で、本質的な問題は企業価値を最大化することだ。ガバナンスの設計を適切に行なえば、ステイクホルダーの利益を最大化することが株主の利益につながる。知識社会で最大の問題は、資本の配分ではなく人材の配分だが、この点でも日本型のカイシャ共同体より資本主義のほうが効率的だ。株式会社は有限責任によってリスクを軽減するメカニズムであり、資本市場は所有権の移転によって人材を移転する「人材市場」なのだ。

日本の会社の欠陥は、あまりにも多くのステイクホルダーの合意で意思決定が行なわれるため、リスクを負担する経営責任の所在が曖昧になり、会社の中だけで問題を解決しようとするため、人材も資本も大きく動かせないことだ。特にエクイティ(株式)ベースの資本市場が機能していないため、ハイリスク・ハイリターンの事業への投資ができず、銀行は国債を買っている。

この状況を打開するために著者が提言するのは、産業再生機構のような政府主導の「エクイティファンド」の創設である。もちろん財政投融資みたいなものをまた作ってはしょうがないので、民間の資本とスタッフで構成する独立採算の時限組織とし、もうからない事業に「公益」のために投資することは禁止する。目的は国費を使って収益を上げて国庫に貢献し、経済を活性化することだ。

この提言には批判もあろう。産業再生機構をまねて作られた「企業再生支援機構」は、JALなどだめな会社の駆け込み寺になってしまった。規律がきかないと新手の天下り先になってしまうおそれもあるが、制度設計次第では機能する可能性もある。マクロ政策としても、金融政策が手詰まりになった今、「賢い財政政策」の制度設計を考えることも一案ではある。

ただし本書は口述筆記で書いたと思われ、論理展開が荒っぽく「**先生のいう通り・・・」という類の権威主義が鼻につく。再生機構の実務経験に即した実証的な著作を望みたい。

コメント

  1. jij999 より:

    日銀、年金、外為特会、政府系金融、郵政・・・どれも「政府系ファンド」もどきです。ついでに、邦銀も。
    昔の大蔵・興銀・長銀のような鉄壁の産業金融のようなものはやめていただきたい。
    西川・竹中郵政は「政府系ファンド」を指向したのでしょうけど、こういうのは政治的に利用される(斉藤・亀井郵政に化ける)ので、リスクでかすぎる。国民も政府が資本主義の音頭とるのかと、批判するでしょう。
    そんなことより、ゴールドマンやKKRやマッキンゼーと互角にたたかえるような労働市場・教育市場の改革をしたほうがよい。