1ドル80円を切れば為替介入すべきか

小幡 績

介入すべきでない。理由は2つ。一つは10月に入っての為替の動きは、円高ではなく、ドル安なので、円のほうで動くべきでない。もう一つは、介入は日本経済のためにならないからだ。


ドル安の流れは、一旦止まると予想するが、いずれにせよ、ドル安が進んだときのことは考えておかなければならないし、ドル安の意味については少し深く考える必要がある。

まず最近のドル安の動きであるが、菅政権が9月15日に介入して、大きく円安になったものの、すぐにもとのトレンドに戻り、9月17日以降は一本調子に下がっている。ユーロとの関係で見ると、もっと明白で、9月13日以降、10%以上、ドルはユーロに対して下落している。

このドル安の要因も極めてはっきりしている。為替の動きというのは、市場の声という名の誰かの意図的な風説の流布により説明されることが多いが(株価はもっとそうだが)、今回は、米国中央銀行FRBが量的緩和を拡大し、さらなる金融緩和政策を次の会合で打ち出す、という見通しに基づいており、極めて明快で、また真の理由が誰の目にも明らかになっている。

FRBに対する緩和期待は高まるばかりで、量的緩和は当然、その資産買い入れ総額は1兆ドルとも2兆ドルとも期待が膨らみ、その膨らみに応じて、株価も金や銀も高まり、ドル安は加速している。この期待は、FRB関係者が講演で、米国経済の弱さに触れれば高まり、過去のFOMC(FRBの政策決定会合のようなもの)の議事内容が明らかになり、米国経済の弱さに懸念が表明されていれば、また高まり、インフレリスクがそれほど高くないとなれば、高まってきた。インフレリスクに関しては、皮肉なことに、FRBがインフレリスクへの警戒度を下げるほど、国債の市場価格から推測されるインフレ期待の数値は高まっている。倒錯した世界となっている。

このような状況では、円売り介入をしても、一時的なショックに過ぎず、世界的なドル安の流れの中で、すぐにその波はかき消されてしまうだろう。世界の為替トレーダーはドルだけを見ているのであり、今、この瞬間には、円はウォンぐらいにしか見ていない。したがって、介入すれば、為替を動かすことは出来ず、政治的には、国際的な批判を浴びることになり、何もいいことがない。

介入すべきでない第二の理由は、この国際的な批判と関係する。現在、世界各国首脳は、11月に韓国で開かれるG20を前に、中国包囲網を築くのに画策している。先進国にとって、最大の注目は当然、中国経済であり、為替といえば、中国元の動きにすべてがかかっている。いわば、輸出財市場では、中国対世界その他であり、世界その他の中で争っている国もあるが、大局は、中国からの輸出にどう対抗するか、という問題なのである。

もちろん、まともなグローバル企業のほとんどは中国は生産基地としても消費市場としても重要であるから、あえて中国と対立しようと思わないが、各国の政治家にとっては、雇用問題があるから、どうしても中国、というよりは、中国元と対峙せざるを得ない。その中で、中国を攻撃する材料は、変動相場に移行したと称していても、要は、コントロールされているではないか、人為的な為替操作、通貨安維持ではないか、というものである。 

したがって、ここで、日本が為替操作に近いことをやってしまっては、せっかくの包囲網に穴が開いてしまう、ということである。

この話は、政治的な問題だけでない。日本にとっては、米国ドル自体が安くなろうが高くなろうが、マクロ的には影響は大きくないのである。輸出財市場の競争、輸出産業の雇用という観点からすれば、重要なのはあくまで中国元であり、中国元が実質的にドルと連動しているから、ドル安が元安をもたらすことが、真のドル安の問題なのである。

つまり、菅政権は、ここはドルをめがけて為替介入をするのではなく、中国元をどうするかに集中すべきなのである。この観点からすれば、韓国を為替で攻撃するのは得策でなく、損な政治的立ち回りで、センスと戦略のなさを感じさせる。