「不安」を「希望」に変える経済学
著者:岩田 規久男
PHP研究所(2010-06-24)
販売元:Amazon.co.jp
★☆☆☆☆
アゴラでは今週からしばらく、デフレをテーマにした記事を特集したい。しかし今まで「リフレ派」の人々からの投稿がないので、ここでは書評でその主張を紹介しておこう。
本書は高橋洋一氏の本に比べれば、成長戦略や財政改革などにも言及している比較的バランスのとれた日本経済論である。もちろん中心は第3章「日本銀行の大罪」だが、他の章では(よくも悪くも)常識的な議論をしている著者が、相手が日銀になると非論理的になるのは不可解だ。たとえば日銀の白川総裁が
持続的に物価が下落するのは、需要の弱さの結果として生ずる現象であり、(中略)需要自体が不足しているときには、流動性を供給するだけでは物価は上昇しない
とのべたことに、著者はこうコメントする:
世界広しといえども、中央銀行の中で、金融政策ではデフレを止められないと主張するのは日銀だけである。
白川氏は、現在のようなゼロ金利状況では、流動性を供給するだけではなく需要が増加しないとデフレは止まらないという常識をのべているだけで、金融政策がすべて無効だといっているわけではない。著者はこのあと数ページにわたって「金融政策は役に立たないと公言する日銀」への罵倒を繰り返しているので、これは単なる誤読ではなく意図的な曲解である。
著者は日銀が「2~3%のインフレ」を起こせると主張するが、その具体的な方法は示さない。唯一の論拠は、「無税国家」がどうとかいう笑い話だ。植田和男氏もいうように、そんな「背理法」を持ち出すまでもなく、「日銀が財を大量に購入して廃棄するということを続ければ、デフレは止まる」。しかしそれは単なる「流動性の供給」ではなく、日銀が民間の経済活動に介入する財政政策である。それは巨額の財政赤字をもたらすが、国会の議決もなしに日銀が税金の「先食い」をすることが許されるのだろうか。
著者はこうした非伝統的金融政策のリスクにはまったく言及せず、デフレの元凶はすべて日銀だといわんばかりの議論を繰り返し、日銀の政策は「デフレ誘導」だと攻撃する。インフレ目標は政策として検討に値するが、日銀の行動を法的に制約する「ターゲティング」にはリスクもともなう。それを無視して曲解と詭弁で日銀を諸悪の根源に仕立てる著者の議論は、学問的に不毛であり、政策的にはナンセンスである。
追記:著者の「ルーカスが日銀を批判している」という話については、池尾和人氏が事実誤認だと指摘している。