中国スパコンが世界一

山田 肇

スパコン・トップ500の最新リストが間もなく発表される。毎年11月に開かれる国際会議の恒例イベントだ。今年のトップは中国製の「天河1A」で、今までトップだったアメリカ製「ジャガー」の1.4倍だという。11月1日付日経夕刊の『ニッキィの大疑問』はわが国の次世代機開発は「国の威信をかけた事業です」と解説し、10月30日付産経新聞によれば「ニューヨーク・タイムズなど複数の米有力紙は、米国の競争力と安全保障を脅かしかねないと警鐘を鳴らしている」そうだ。

これらの報道は感情に走っている。スパコンの性能が示すものについて基本的な誤解があるようだ。

最高速度を競っているだけ
スパコンの性能はLINPACKと呼ばれるプログラムを解く速さで競われている。LINPACKは1970年代に開発されすでに時代遅れなのだが、物差しが代わると経年的な比較ができなくなるので、利用され続けているだけのものである。自動車レースのフォーミュラ1は直線路の最高速度だけで性能が評価できるだろうか。最高速度が一番なら必ずレースに勝てるだろうか。トップのスパコンといっても、そんな一指標での評価に過ぎないことをまず理解すべきである。


コースによってセッティングは変わる
フォーミュラ1では、コースごとに車両のセッティングを大きく変える。専用コースもあれば市街地コースもあるので、同じセッティングを続けてはまともな走行はできないからだ。スパコンも同じである。スパコンは気象予測から金融工学まで、大規模な数値シミュレーションに利用されるが、単純にプログラムを書いただけでは性能は発揮できない。スパコンのハードとソフト(プログラム)には最適な組み合わせがあり、それがそろって初めて目的が達成される。

わが国の地球シミュレータがトップにランキングされた時期があった。地球シミュレータは地球規模の環境変動の解明・予測のために最適化されたスパコンだが、海洋研究開発機構は2009年に地球シミュレータを後継機に更新した。なぜ次世代スパコンを利用しないのだろうか。それは、汎用の次世代スパコンよりも専用の後継機のほうが環境変動の解析という目的に合致しているからだ。トップのパソコンならどんな数値シミュレーションでも最高性能が出て科学技術研究が進展する、ということはない。

フォーミュラ1は競争力につながらない
フォーミュラ1で毎年よい成績を収めているフェラーリは世界一の自動車メーカだろうか。フォーミュラ1が競争力につながるとしたら、なぜホンダやトヨタは撤退を決めたのだろうか。

まったく同じことがスパコンでも言える。フェラーリの優位がスポーツカー市場に限定されるように、世界一になったとしても市場への影響は限定的だ。コンピュータ市場の中でスパコンの占める割合は小さいからだ。市場の主戦場はクラウドコンピューティングである。この市場で日本企業に存在感がないことのほうが競争力としてはよほど大問題である。

蓮舫氏の「2番じゃダメなんですか」という発言はさんざん叩かれたが、トップ500が正式に発表されると、メディアはきっと蒸し返すだろう。しかしスパコンは科学技術の一分野に過ぎず、しかも一側面での評価に過ぎないのだから、大騒ぎに意味はない。「国の威信をかけた事業です」といった記事が出てくることは、メディアのレベルの低さを示すものだ。

山田肇 - 東洋大学経済学部