医薬品のネット販売規制を考える

岩瀬 大輔

今日の16時から開催される第3回の「IT規制・制度改革専門調査会」。初めて実質的な規制改革の議論に入る今回の会合では、「医薬品のネット販売規制」についてヒアリングと議論をすることになった。この規制についてはこれまで何度となく場を変えて議論されてきており、当事者の主張は言いつくされている。これまでの経緯を振り返ると、以下の通り:

2009年2月   郵便等販売禁止の省令(公布)
同  5月   ケンコーコム(株)による訴訟提起
同  6月1日  郵便等販売禁止の省令(施行)
同  6月17日  規制改革会議・厚労省との公開討論会 ⇒ 規制に反対
2010年3月   ケンコーコム(株)敗訴
同  4月   行政刷新会議・ライフイノベーションWG ⇒ 規制に反対


行政刷新会議では(前身となる規制改革会議に続いて)規制に反対する結論が出されたにも関わらず、6月に行われた内閣府と厚労省の副大臣折衝では、「昨年省令改正をしたばかりなのにすぐに変えるのは朝令暮改ではないか、少なくとも2年くらいは様子を見たうえで判断すべきではないか」という玉虫色の結論に終わっていた。

このような背景もあり、ITに関わる規制・制度・慣行の見直しをミッションとする今回の専門調査会では、優先的に議論したいテーマとして、大きくネット選挙と医薬品のネット販売を掲げていた(こちらの表を参照)。あいにく、ネット選挙関連は現在法案を審議中とのことで棚上げになったが、この医薬品のネット販売については第1回で議論することとなった。

新たに導入された規制の内容は、以下の通りである。まず、薬事法は一般用医薬品(処方箋が必要な医療用医薬品は別)をリスクの程度に応じて「第1類(例:H2ブロッカーなど)」「第2類(例:かぜ薬、解熱鎮痛薬)」「第3類(例:ビタミン剤)」と分類した上で、次のように情報提供を義務付けている。

第1類:薬剤師が、書面を用いて、情報提供する義務(法第36条の6第1項)
第2類:薬剤師または登録販売者が、情報提供の努力義務(法第36条の6第2項)
第3類:特になし

この薬事法を受けた施行規則は第2類医薬品について、対面で情報提供をする努力義務が規定された(規則159条の16)。これによって原則として対面販売が義務付けられ、ネットを含む通信販売ができなくなった(来年春までは経過措置としての例外があり)。

ここでの本質的な問題は、法律で定められている「情報提供の努力義務」を果たすために、省令で販売方法を対面に限定していることは合理的か?非対面の方法では本当にできないのか?ということである。

この点について例えば薬剤師会などは以下のように述べている(専門調査会の質問に対する回答):

2 インターネット販売は、対面販売と異なり、注文、医薬品の輸送、使用、使用後の経過の確認等が購入者との直接の会話を介さずに行われることになる。そのため、薬剤師などの専門家により、リスクを未然に回避したり、症状や副作用の悪化を防いだり、更には医薬品を販売せず受診勧奨をしたりする機会を失わせ、危険性が高まることになることは明らかである。
(注)配置販売は、専門家が配置を行う形態による対面販売であり、インターネット販売とは異なる。

3 具体的な被害事例を示すまでもなく、インターネット販売においては副作用被害を受ける可能性が対面販売より高まることは当然

これに対して、前述の規制改革会議は以下のように述べた:

厚生労働省は、「適切な情報提供や相談応需を通じて、購入者側の状態を的確に把握するとともに、購入者と専門家との間で円滑な意思疎通を図る」ために「対面」による情報提供が必要不可欠であるとしているが、その必要性に大いに疑義がある。事実、運用に一貫性が無い。

また、行政刷新会議でも以下のような要望が取り上げられている:

・ これまで何ら問題となっていない販売形態が規制され、消費者の利便性の毀損、事業者間の公平性の阻害(地方の中小薬局等のビジネスチャンスの制限)が発生している。
・ インターネット、電話等の販売について安全性の確保を前提としたIT時代に相応しいルール作りは可能である。
・ よって、専門家により医薬品販売が適正に行われている薬局・薬店においては郵便等販売規制を撤廃すべきである。

この問題はマスコミなどでも広く取り上げられ、楽天が実施した署名には150万人以上もの人が規制に反対する意思を示した。果たして薬剤師会が主張するように、第2類の医薬品であってもネット販売には大きな危険が伴うため、規制が必要であり、規制撤廃を望む国民や政治家の考えが誤っているのか?それとも、医薬品のネット販売によって既得権を脅かされる集団の政治力が強いために不合理な規制がまかり通っているのか?

個人的には、この問題は「医薬品のネット販売」という一つの業界の問題にとどまらない。既得権を持つ一部のグループが政治力を生かして多くの国民の意思に反する結論を押し通し続けることが許されるのか、その力学の構図を変えることができるのか。これは日本が規制を打ち破り、活力を持つ社会にしていけるかの試金石であるようにも思える。

本日の専門調査会には、楽天・ケンコーコムといった規制反対派と、厚労省・薬剤師会・ドラッグストア協会といった規制推進派が一堂に集い、インターネットの生中継の下に議論を交わす。フジテレビの「報道2001」のカメラも(いつ映像を使うかは未定だが)入るそうだ。

何度押しても動かない石を、ロジックと言論の力、情報開示・透明性の力、そして国民の声で動かすことができるのだろうか。会議は今から30分後に始まる。

コメント

  1. takanashi55 より:

    高血圧や糖尿病の患者さんは、花粉症の薬も飲めなくなってることをご存知でしょうか?ぜんそくの人が、TVでおなじみのある種のシップ剤を使えないのはご存知でしょうか。国は、薬を自由に売ることにより、副作用で訴えられることを恐れ、ちょっとでも危険なものは使わせないように製薬会社に添付文書を書き換えさせています。これらの薬を販売するにあたって薬剤師が関与すれば、使えないとされている方の中の大多数の方が薬を使えるようになることに気が付いてほしい。ネット屋さんの薬の通信販売解禁をはじめ、薬の販売を自由にと言う意見の裏に、持病のある方にとっては、医師の診断がなければ何にも薬が使えなくなってしまう。薬について専門に勉強してきている薬剤師をもっと有効に使うほうが本来の意味での薬の自由化ではないでしょうか?

  2. agora_inoue より:

    >薬について専門に勉強してきている薬剤師をもっと有効に使う

     それは嘘。ほとんどの薬剤師は薬の勉強なんてしていません。大学で薬学の学習をしているだけです。
     薬剤師に対して、薬の使い方を聞くのは、電子工学の技術者にパソコンの使い方を聞くようなものです。

  3. ap_09 より:

    >医薬品のネット販売によって既得権を脅かされる集団の政治力が強いために
    日本にそのような強力な既得権集団があるのか疑問です。
    医薬品の利権はむしろドラッグ・ラグの早期解消を推してる、外国のファーマスーティカル・ジャイアントといわれる国際大手企業の活動の方に有るような気がします。こちらの方が政治力が圧倒的に強くて、国際学会から、官僚、政治家まで取り込んでいるような気がするのですが・・
    いずれにしても、ちょっとの医療事故でも大騒ぎして許さない日本社会にもかかわらず、自由経済による医薬品販売がそれほど望まれているなら、一度本当に解禁して何が起こるか見てみたいです。それからどの選択が一番良いのか、国民が本当に考えたら良いですね。
    どちらにしても医療は経済を成長させる産業とは思いませんので、医薬品業界が肥え太るだけで、社会に利潤や利益は還元されないように思います。あるいは日本の国民は医療への目が肥えていて、特に薬を乱用する人が出たり、麻薬が横行したりするでもなく、別段何も起こらないかもしれないですね。
    ただし、最近の青少年の性行動の変化に見られるように、日本では欧米社会に増して急激に性行動の過激化低年齢化が起きているようなので、同じように、ネットの医薬品解禁で、今まで日本人には全く免疫のなかったヘビー・ドラッグがガンガン入って来て、青少年の薬物中毒が急激に出現して社会問題になる可能性が高いです。これが脅威でお役人は締め付けがきついのだと思うのす。
    経済だけで何でも解決できると考える落とし穴は、そういうところにありはしないですか?

  4. ap_09 より:

    井上先生

    薬剤師の教育には医療の場での安全性を高めるために医師に集中していた権限を分散して、もっと多くの目が安全・事故防止、適切な医療を確保するという、リスク管理の面があるのですが、確かによりコストがかかることになるのでしょう。医師一人でしていたことに、薬剤師という別の専門家が参入してくるわけですから。ところで日本の薬剤師がそれほど不勉強だとしたら、困ったものです。日本の医療レベルが世界から取り残されて行くということなのでしょうね。個人的には逆だと信じたいのですが。

  5. agora_inoue より:

     「薬に詳しい薬剤師」よりも、「誤処方を自動チェックしてくれる電子カルテ」を作る方が、ずっと金がかからず、間違いも少ないと思いませんか?

  6. ap_09 より:

    >誤処方を自動チェックしてくれる電子カルテ

    が可能なほどの人工頭脳が発明されれば、

    誤診断、誤検査、誤治療もチェックしてくれる電子カルテが可能で、すなわち医者なんか要らなくなりますね。

    患者さんはパソコンに向かって病歴と症状を入力すればいいだけ。大掛かりな検査や手技や手術が必要な時だけ病院に行くだけ。手術から何から全部自動化。

    シュールだな~。

  7. agora_inoue より:

    ap_09さんは、もしかして、処方チェック機能のついた電子カルテを使ったことがないのですか?診療所レベルでも使われてます。
    http://www.medicalution.com/01_1_3karte_check.html
     人工知能というほど高級なものでもありません。単に、「成人か、小児か」「妊娠可能性と催奇形性」「1日の投与限度量」「併用禁忌」「配合禁忌」あたりを条件判断しているだけです。私でもプログラムが書ける。
     薬剤師による処方チェックとは、たまさか、この程度のものです。
     もちろん、こういうシステムを作る人は必要で、そのためには、薬剤師のノウハウは必要ですが、いったん自動化してしまえば、人間はいらない。

  8. ap_09 より:

    私の知ってる電子カルテでは、はじめの数文字を入れると、薬剤の一覧が出てきて、その中から薬を選び、処方量や単位を間違ったりすると入力させないというシステムです。また、飲み合わせ等で重篤な副作用が知られている薬を出そうとすると、副作用情報の注意書きが出て来ます。

    >薬剤師による処方チェックとは、たまさか、この程度のものです。
    日本の薬剤師さんとは、そんな機械で簡単に代替できるようなつまらないことしかしないのですか?
    私の知っている薬剤師さんは、たとえばGFRの低下している患者さんに、新しい薬を処方するときに、以前から使っている薬との複合作用でさらに腎機能への影響が懸念される時や、医師がEKG のQT延長を見落としている時に、QT延長作用を助長して不整脈を起こす可能性のある薬を処方した時に注意してくれることです。あるいは電子カルテの自動警報に載らないような、特異体質の患者さんに、やはり危険な副作用が出現する可能性のある薬の処方箋を提出した時に、注意してくれることです。もちろん危険な副作用と効能の両者を考慮した上で、あえて処方していることもあるのですが、うっかり見落としがないよう、薬剤師は安全性の多重チェックをしてくれるわけですね。
    他にも肝腎機能にあわせて用量を調節しなければならないときの用量の計算や、抗がん剤などの毒性の高い点滴薬の最適投与速度、代替薬の推薦など、いろいろやってもらえます。保険が切られる組み合わせの薬や、保険上の用量制限なども注意してくれます。
    医師は患者の病状の変化、家族も含めた対人の対応に集中していれば良く、薬の細かいことには関与しなくて良いのです。点滴の調剤など、看護師はもちろん、医師がすることはありません。