通貨安競争という誤解

小幡 績

リフレ論は下火になるだろう、という記事に対する批判もあったようだが、同じような誤解として通貨安競争というものがある。

これは、欧州や米国の中央銀行が通貨安を意図したものではない、と繰り返し否定しているにもかかわらず、巷にはびこり、非常識な人々の間では常識になっているようだ。ここで改めて、その誤解を議論したい。

論壇における救いは、誤解に基づく議論は、意外と健全なことに、時間と共に下火となると言う点だ。この点で、リフレ論と通貨安競争という議論は似ている。


米国は通貨安競争をする意図はない。なぜなら、それは米国経済の健全化に貢献しないからだ。

1995年に、当時の財務長官のルービンが、強いドルは米国の国益である、と宣言したときから、米国は名実共に、強いドルを志向してきた。このロジックはシンプルで、世界におけるドルの地位低下を防ぐためには、ドルを世界の経済主体に保有、使用させることが一番である。

ドルの地位を守るとどのようないいことがあるか。これは日本人はすぐにわかるはずだ。すべての経済取引がドルベースでなされれば、為替リスクというものを考えなくて済むと言うことだ。これは決定的に大きい。

日本国債が利回りが低く、かつ必ずしもリスクが小さくないと考えると、米国債など海外の国債に資金シフトをためらう理由はないはずだが、唯一、国内志向を説明する理由として為替リスクがある。これを本気でリスクと考えているか、言い訳としているかはどちらでもよく、これが、世界中が同じ通貨であり、少なくとも投資に関してはドルベースで考えている場合には、国内と国外投資について、いずれも同じドルベースで考えればよいから、極めて便利だ。

多くの新興国がドルリンクをすることにより、世界中の投資家からの資金流入を促したが(投資家にとって為替リスクが少なくとも短期にはなくなる)、このメリットは(少なくとも短期的には)新興国に生じるだけでなく、というよりはむしろ最大の恩恵を受けたのは米国だ。米国としては、国内投資家が、国内外無差別、さらに言えば、商品(原油、穀物、貴金属)までもすべてドルベースで考えられることから、最適な投資戦略がとられることになる。

もちろん、貿易取引においても、自国通貨で取引相手国が考えてくれれば、そのメリットは大きい。しかし、やはり、世界の資産市場による支配力、それに尽きる。

米国は1995年以降、新興国の成長に乗って米国経済の発展を維持する戦略に明確に移行した。金融産業がよりいっそう力を持ち、様々な投資規制は、グラススティーガル法の実質廃止を含めて、ほとんどが骨抜きにされた。そして、低金利にもかかわらず、世界から資金を米国に流入させ、それを自国のシリコンバレーなどの成長セクターを含め、世界の成長市場に再投資をした。これが、一種の国という枠組みでのレバレッジを利かせたヘッジファンドとして機能することとなった。そして、米国経済はその力をGDP成長だけでなく、とりわけ世界中の資産市場で強めて行ったのである。

これがリーマンショックにより決定的に崩壊した。そして、今は、そこからの立ち直りの過程にある。

このとき米国経済の立ち直りにとって、最重要なのは何か。

オバマがウォールストリートからメインストリートといったときには、リップサービスの政治戦略以上に深い意味を米国経済にもたらす可能性があった。それは雇用であるはずであったが、実際は、金融市場と金融産業の復活、投資家、記入機関の建て直しであった。

したがって、ヴォラティリティを増やして、かつての投資銀行たちはトレーディング業務で、史上最高益を上げた。それには、アルゴリズム取引といった、付加価値を全くもたらさないものも多く含まれている。

そして何よりも、FRBの金融政策。リーマンショック後は、最後の貸し手ではなく、最後の買い手として、直接、投資家とリスク資産市場を救った。そして、今は、量的緩和ということで、金融市場と投資家にとって有利な環境を維持し続けている。一方、失業率は高止まりしたままだ。

そして、株式市場も、先週は、雇用統計の悪化にはそれほど反応せず、バーナンキのテレビ出演に大きく反応し、株価は維持された。

したがって、米国ドルは弱くなっては彼らは困るのである。

欧州はもっと深刻だ。ソブリンリスクとは、誰かにソブリンを何とか買わせることでしか除去されないが、そのためには、ユーロが暴落するのは困るのである。

だから、通貨を安くしようなどと愚かなことを考えているのは、資産もなく、貿易で毎日の日銭を稼ぎたい貧乏国だけなのである。

日本のリスクはソブリンリスクであるから、いわずもがなである。

コメント

  1. hogeihantai より:

    >欧州はもっと深刻だ。ソブリンリスクとは誰かにソブリンを何とか買わせることでしか除去されない

    ドイツのメルケル首相はギリシャ、アイルランドのソブリン債について債券の保有者も損失を負担すべきだと暗にデフォールトさせるべきだと示唆しています。その場合ギリシャの国債は30%程度のヘアカットが必要と言われてますが、彼女はユーロの(暴落まではいかなくとも)値下がりも当然覚悟してるはずです。

    >通貨を安くしようなどと愚かなことを考えているのは、資産もなく、貿易で日銭を稼ぎたい貧乏国だけ

    数ヶ月前、政府は円売りドル買い介入してます。日本は貧乏国でしょうか?2002年暮れから5年間続いた景気回復は要因の6割が輸出の増加によるものだと政府の経済白書にも出てます。もともと輸出依存度の高いドイツはユーロ安で現在経済は絶好調です。通貨を安くしたい国があってもおかしくないと思います。

    >日本のリスクはソブリンリスクであるから、いわずもがなである。

    日本国債の外人保有率は安定的に5%です。今の円レートでもハイリスク ローリタ-ンのJGBは、今後も外人保有率は増えないでしょう。円安になっても日本のソブリンリスクが高くなるとは思えません。

  2. bellydancefan より:

    リフレ政策によって生じた物価高によるリスクは、労働賃金の上昇において相殺される。では、年金受給者が追うインフレコストは誰が支払うのか・・・隣の芝は青く見えるような議論は過渡期の民主主義において不要だと信じたいですW

    通貨安競争においても同じ定義が成立する・・こういったぶっとんだ論理を展開される小幡さまだからこそ敬愛してやまないのですW

    アメリカは貿易の殆どを自国通貨の取引で強要してきます。だからこそイラク・・石油・・割愛。近年ではFTAの枠組みに除外される米や小麦、乳酸品などの関税撤廃を視野にAPEC交渉を優位にすすめることで、金本位制ならぬネクスト石油本位制を米国債の利払いを優位に進めたいと考えているのが今日のアメリカだと思います。

    米国債の最大保有国は中国と日本です。ただし、利払いをアメリカ産コシヒカリ(作りすぎた為去年物)で支払えるならタダに等しいと考えるのがアメリカです。根本的に日本の財務省と同じ、原本で考えてなく、利払い勘定で損得を判断しているのです。アメリカは周知の貿易赤字国ですが、利子から利払いを引いた額がここ数年位黒字という崖っぷち基軸通貨国です。貿易赤字を利子でファイナンスしてるにも関わらず、利子の支払いは去年のコシヒカリですwwwどこの国とは指定しませんが、アジアの議長国に遠く及ばない国ですW

    事数オーバーになりましたので、続きは後ほど投稿させて頂きます♥

  3. bellydancefan より:

    基軸通貨の優位性の最大の功績は、貿易で生じた債務を物で支払わず、刷ったマネーで支払えるという特権なのですが、アメリカは、なぜか物で支払うという固定観念が根付いてます。つまり、利払いを刷ったマネーではなく物で支払たがるのです。(この地点で基軸通貨に遠く及ばないと考えるのですが長くなるので割愛します)

    >通貨安競争をする意図はない。
    その通りだと思います。バーナンキもいずれ不胎化すると宣言してますし、基軸通貨の最大の規範として、通貨高であるということが前提だと思います。決算通貨が毎々値下がりするようでは成り立ちません。

    こんな簡単なことはアゴラ読者は理解してると思いますのでなるべく割愛して、小泉政権時代のヘリマネも現在収束してると周知だと前提して、、、

    >グラススティーガル法の撤廃。
    アメリカは低金利にも関わらず、(貿易赤字)債務国家への資金の流入を達成させた。これは合法的に行われるべきIMF法に基づく貿易赤字国が負うべき勘定、言うならば合法に得られる貿易黒字国からの真水の買掛金をサブプライムローンにとして薄めれる最大値にまで活用し・・・割愛。

    ドイツは東ドイツを救った!という状況が続いてます・・・アイルランドまでをも救うのか・・ドイツとアイルランドは共通の通貨ですが、国債に付随する保険の単価に大幅な開きがあります。それがオプションとして一人歩きしてしまった・・これがユーロ危機の最大のリスクでもあります。後略。貿易赤字国の支払う通貨が”差益”として不労働所得を絶対のものとしているのです。うーん。尻詰まり;;

    問題定義が壮大過ぎて、消化不良です;;シリコンバレー=東証マザーズ=バブルという等式でエンドにしたいです。雇用統計に関しては小幡センセのブログに勝手に書き込みますW

  4. OK より:

    > これは、欧州や米国の中央銀行が通貨安を意図したものではない、と繰り返し否定しているにもかかわらず、巷にはびこり、非常識な人々の間では常識になっているようだ。ここで改めて、その誤解を議論したい。

    意図をしなくても、通貨安に誘導している、若しくは、通貨高を避けているのですから、ある意味では誤解では無いでしょう。
    いろいろ述べられてますが、QE2で通貨安にならないと書いていないのは何故でしょうか?
    欧州は、ソブリンリスクでのユーロ安傾向が出るまでは、明らかに極端な通貨高を嫌っていました。
    米国はQE2により黙っていれば通貨安になるのを口先介入で保っているだけです。
    現在は、行き過ぎたドル安が巻き戻されているだけですので、たまたまドル高に向かっているように見えますが、今後、量的緩和を継続し続ければ、どうなって行くかは分かりません。
    勿論、為替レートは様々な要因に基づいて決まりますから、量的緩和以外の要因でドル高になる可能性は否定しませんが。
    日本のソブリンリスクがあるのは事実ですが、円安に向かっても日本政府は困らないんですよ。
    ドル建て債務じゃなくて全て円建てですし、他の方が書いているように、日本国内で殆ど購入されているのですから。
    欧州もソブリンリスクは怖くてもユーロ建ての債券ですから、通貨安で困る事は無いはずですが。

  5. guhshi より:

    文を読んでいく中で
    日本バブル後の失敗をお手本にFRB緩和金融策を行い
    大いに成功した一面があると読み取れますが、
    リフレ政策は、デフレ時に大きく貢献し、経済がよりよく立て直すということだと理解できるような内容であると感じます。
    よりリフレ論に近い内容を話されていると感じます。
    自分もリフレ政策は重要であると思います。