電波オークション:Q&A - 安田洋祐

安田 洋祐

前回投稿した『電波オークションってなに?』の続編です。今回の記事では、電波オークションに関する代表的な疑問点にお答えしたいと思います。


世界各国で数々の成功を収めている電波オークションですが、その基本的な枠組みや効果に関して、批判や疑問の声もしばしば上がっています。代表的なものは、以下のような疑問でしょう。

(1) 事業者が、適正な価格を超えて免許料を支払い過ぎるのではないか?
(2) オークションに伴う免許料が、サービス価格に転嫁されるのではないか?
(3) 免許料の支払いが負担となり、研究・開発投資が減るのではないか?

以下では、こうした電波オークションへの疑問点に対する、経済学による標準的な解説をご紹介していきたいと思います。

疑問 (1) 事業者が、適正な価格を超えて免許料を支払い過ぎるのではないか?
解説 そもそもオークションへの参加は強制ではないので、買い手である各事業者が自分の電波に対する価値、すなわち電波利用によって得られるリターン(の予想額)を超えて入札することはありません。したがって、もしも超過支払いが発生するとすれば、事業者が誤ってリターンを過大評価してしまう場合や、オークション後に経済環境などが変わってリターンが減少する場合に限られるでしょう。しかし、これらは通常の自発的な売買にも付きまとう問題点で、オークション固有の問題とは言えません。事業者が間違えずにきちんとリターンを見積りさえすれば、(少なくともオークションが行われた時点において)払い過ぎは起こらないのです。【註1】

ちなみに、3Gオークションの設計に携わったイギリスのケン・ビンモア(前回の記事でお伝えしたように、この功績によって彼はナイトの称号まで授与されました)は、(1)の誤解に対して以下のように反論しています(詳しくはこちらのブログ記事をご覧下さい)。

2001年にナスダック指数が急落してITバブルがはじけたあと、電気通信業界の経営者たちが、市場を正確に見通せなかった責任をゲーム理論家になすりつけた。彼らは、電気通信の免許に自分たちが評価する以上の額を支払わされた、という文句を数多く口にしたのである。しかし、自分が評価する以上の額で入札するなど、愚か者を除いて誰がいるのだろうか。(『1冊でわかる ゲーム理論』第7章「オークション」より)

疑問 (2) オークションに伴う免許料が、サービス価格に転嫁されるのではないか?
解説 免許料に限らず、何らかの形で発生したコストが商品の価格へ転嫁される、というストーリーはよく耳にします。ここで重要になってくるのが、コストが供給量や生産量に応じて比例的に発生するのか、それとも供給量とは関係なく一括して発生するのか、という点です。教科書的な言い方をすると、「限界費用」の増加(=前者)なのか「固定費用」の増加(=後者)なのか、という違いになります。前者は、企業がこれから行う供給行動へ直接影響を与えるため、実際に価格上昇をもたらしますが、後者はすでに起きてしまった過去の支払いにすぎないため、価格(や供給量)には影響を及ぼしません【註2】。たとえば、原材料費や原油価格などの上昇は前者にあたるため価格転嫁が起こりますが、設備投資などの初期費用は後者にあたり、価格転嫁を引き起こさないのです。オークションを通じた免許料は後者の固定費にあたるので、価格転嫁は起こらない、というのが標準的な経済学による解答になります。直感的には、いったん免許を取得してしまった後は、すでに支払った免許料を変えることができないので、各事業者は(オークションでの支払い額とは関係なく)最も儲かるように価格設定を行う、という風に理解することができます。

疑問 (3) 免許料の支払いが負担となり、研究・開発投資が減るのではないか?
解説 免許料の支払い自体が事業者にとってコスト=負担となることは事実ですが、それが将来の投資行動に影響を与えるとは限りません。むしろ標準的な経済学では、(2)と同じ理由で、こうした固定費用は将来の投資に影響を与えない、と基本的には考えます【註3】。免許料の支払い自体は、その後の事業者の行動や戦略とはもはや無関係の過去の出来事だからです。さきほど登場したビンモアと共に3Gオークションの設計を行ったポール・クレンペラーは、ファイナンシャル・タイムスの記事で、この問題について以下のように述べています(詳しくはこちらの英文ブログ記事をご覧下さい)。

The auction fees are history; they have (almost) all been paid in full, cannot be recouped by cutting investment, and make no difference to its profitability. (中略) Investment in 3G, as in anything else, is primarily motivated by attractive returns in the future – not by money spent in the past. (“The Wrong Culprit for Telecom Trouble”, Financial Times, Nov. 26, 2002)

以上、電波オークションに関する3つの代表的な疑問点について取り上げて、解説させて頂きました。今回ご説明した内容は、いずれも標準的な経済学の考え方にもとづいており、より複雑な電波オークションの議論を行う上でも、ベンチマークとして欠かせないものです。この問題にご関心のある方(特に、電波オークションに携わる政策担当者の方々)は、ぜひご参考頂ければ幸いです。

【註1】オークションの勝者が、実際の価値よりも高い金額を入札して損をしてしまう現象は「勝者の呪い」(Winner’s Curse)と呼ばれています。各人が自分の価値を曖昧にしか把握しておらず、オークション参加者の間で価値に強い相関がある場合には、こうした問題が発生しやすいことが知られています。より詳しい内容については、オークション関連の専門書をご覧ください。

【註2】すでに支払った(より正確には、事後的に取り戻すことのできない)コストを、経済学では「埋没費用」(Sunk Cost)と呼んでいます。「埋没費用がその後の行動に影響を与えない」というのは、どんな経済学の入門テキストにも載っている初歩的な考え方で、電波オークションを正しく理解するためにも欠かすことができません。しかし残念ながら、直観に反するせいか、一般にはまだあまり広まっていないように感じます。

【註3】金融市場がうまく機能せず自由に資金調達ができない場合などには、免許料の支払いが収益性の高い新規投資を阻害する危険があることも知られています。企業行動と資金調達の関係については、情報の非対称性が与える影響の分析などを中心として、コーポレート・ファイナンスという分野で精力的に研究が進められています。

(安田洋祐 政策研究大学院大学助教授)