電波オークションってなに? - 安田洋祐

安田 洋祐

第4世代携帯電話サービスへの導入が本格的に検討され、注目が集まる「電波オークション」。民主党政権が掲げるこの新しい政策について、その考え方や歴史、よくある疑問などを簡単にご紹介したいと思います。


世の中には、携帯電話に限らず、テレビやラジオなど、電波を使ったビジネスがたくさんあります。しかし、使うことの出来る電波の周波数は限られているため、だれに電波の使用を認めるのかが問題となります。そこで、使える周波数をオークションにかけて売り、できるだけ公正かつ効率的に電波を割り振る、結果として売り手(政府)が電波の収益性に見合った収入を得る、という考え方が生まれました。つまり、オークションを利用することで、より適切な方法で電波をよりうまくビジネスにいかせる買い手に割り振る、というわけです。これが電波オークション「周波数オークション」とも呼ばれます)のアイデアです。

最初の電波オークションは1990年のニュージーランドで行われました。ただ、このときは、オークション分析の専門家である経済学者が直接オークションの設計や運営には参加しておらず、パフォーマンスは悪かったと言われています。どういう意味で悪かったかというと、本質的には同じ周波数帯が異なる値段で複数の事業者に落札されてしまったのです。当然、同じものに高い値段を払った人には大きい後悔が残りますし、売り手側も、うまく入札競争が進めば高い売上を上げられるはずだった周波数が、とても低い価格で落札されてしまったと感じるでしょう。実際に、売り上げについては、その後の欧米での成功例と比べると低調に終わっています。【註1】

電波オークションの実践に転機が訪れたのは1994年のことでした。アメリカの連邦通信委員会が経済学者に依頼して、アメリカの電波の割り振り方をオークション方式に変えたのです。それまでは、政府が提出された事業計画をもとに「あなたはここの周波数を使っていい」という風に、直接事業者を選んでいました(これは「美人コンテスト」(Beauty Contest)方式とも呼ばれます。日本はいまでもこのやり方です)。しかし、この美人コンテストは様々な問題を抱えていたため、希望者にランダムに免許を与える抽選方式を経たのち、アメリカでは電波の配分にオークションを利用することを決定したのです。さらに、新方式を成功させるために、何人かの経済学者にオークション設計を依頼しました。スタンフォード大学のポール・ミルグロム(Paul Milgrom)やロバート・ウィルソン(Robert Wilson)らがオークションの設計を担当したのです。彼らの提案した電波オークションは大成功を収め、当時の『ニューヨーク・タイムス』でも「史上最高のオークション」(The Greatest Auction Ever)の見出しで、大々的に取り上げられました。【註2】

ほかにも、2000年、2001年にはヨーロッパ各国で、第3世代携帯電話の周波数がオークションで売りに出されました(「3Gオークション」「UMTSオークション」などと呼ばれています【註3】)。国によってパフォーマンスに差はありましたが、オークション設計に経済学者が積極的に参加したイギリスやドイツの場合、その周波数帯の売却で国民一人当たり7万円から8万円ぐらいの売上を政府は得ることができました。ちなみに、イギリスでデザインに携わった二人の経済学者、ケン・ビンモア(Ken Binmore)とポール・クレンペラー(Paul Klemperer)のうち、ビンモアはこの功績が評価されて、イギリス王室からナイトの称号を授与されています。

この国民一人当たり7~8万円というのは、日本の人口で計算すると約10兆円にあたります。対GDP比で見ると、英独では売り上げがそれぞれGDPの約2.5%に相当していたので、日本のGDPに置き換えると10兆円を超える規模になります。(周波数帯の区割りが異なるため、いちがいには比較できませんが)仮に日本でも3Gオークションを行い、こうしたヨーロッパ諸国と同程度の成功を収めていたとすると、約10兆円の売り上げがあがってもおかしくない、それぐらい大きなマーケットの仕組みが実用されたのです。これは、金額ベースでみると、経済理論がほぼそのままの形で現実に応用された政策としては、今までで最も成果を上げた事例になっています。

さて、世界各国で現実に利用され数々の成功を収めてきた電波オークションですが、その基本的な枠組みや効果に関して、批判や疑問の声もしばしば上がっています。代表的なものは、以下のような疑問でしょう。

(1) 事業者が、適正な価格を超えて免許料を支払い過ぎるのではないか?
(2) オークションに伴う免許料が、サービス価格に転嫁されるのではないか?
(3) 免許料の支払いが負担となり、研究・開発投資が減るのではないか?

次回の投稿記事では、こうした電波オークションへの疑問点に対する、経済学による標準的な解答を説明していきたいと思います。

【註1】周波数帯オークションを設計する上で特に難しい点は、売りに出される周波数が複数あるという特徴を、きちんと考慮しなければいけないことです。同じエリアに区切ってみても、周波数は一つだけではありません。売り手は、複数の互いに干渉しない電波利用権を販売することができます。他方、エリアが異なる場合には、たとえば日本であれば、全国をカバーする周波数だけではなく、特定の地域、九州地区、西日本地区、東日本地区、北海道という形で、地域ごとに分けて周波数帯を売りに出すことも可能です。後者のケースでは、買い手は、どこの地域の周波数をどのように獲得するかという、非常に複雑な意思決定に直面することになります。以前から、こうした複数の財や権利を売る場合のオークション設計には、いくつか難しい問題があると指摘されていました。この難問を解決する大きなエポック・メイキングな出来事となったのが、次にご紹介するアメリカにおける電波オークションの導入でした。

【註2】ミルグロムとウィルソンが設計したオークションは「同時競り上げ式オークション」(Simultaneous Ascending-Bid Auction)と呼ばれるもので、文字通り「複数の周波数を同時に競り上げ式のオークションによって売りに出す方法」です。最初のオークションが行われた94年から現在に至るまで、米国および諸外国で幅広く使われています。詳細は省きますが、すでにご紹介したニュージーランドの失敗も踏まえて設計され、非常にうまく機能している優れたオークション方式であることが知られています。

【註3】3Gは「Third Generation」、UMTSは「Universal Mobile Telecommunications System」の略です。

関連記事やニュース報道

【ブログ】
700/900MHz帯の再編について(池田信夫blog)
周波数政策を誤れば「棺桶の蓋に釘」となる(Tech Mom from Silicon Valley)

【アゴラ】
周波数の割り当ては談合か競争か
官僚はなぜ周波数オークションをきらうのか
米国周波数オークション戦記

【報道】
総務省:第4世代携帯に電波オークション導入を検討、政策決定会合で
電波オークション、やれるのかやれないのか
700M/900MHz帯の再編方針固まる、FPUやラジオマイクを移行し最大100MHz幅確保へ

(安田洋祐 政策研究大学院大学助教授)