『少子化対策大臣』なるものが設置され、子育て支援など対策を講じてはいるものの具体的な見通しは立っていない。子供手当は子育て支援にはなり得るが、少子化対策にはなり得ないだろう。都道府県別の所得と、婚姻数あたりの出生数を比較すれば分かるが、ほぼ反比例である。所得が少ないから子供が産めないわけではない。この事実を直視すれば、『所得が増えれば皆結婚し子供を産む』という理論は成立しない。
では、何故少子化が進むのか。何事も原因を突き止めないと根本からは変わらない。小手先の対策だけでは結局また元の木阿弥となる。人口減少の直接の原因は出生率の低さ、未婚率の高さであることは自明の事実。
では、『未婚率が高い』『出生率が低い』その原因は何なのか?
女性の社会進出が原因だ、と一蹴せずに、もう少し深く考えてみたい。
①なぜ結婚しないのか?結婚するとしてもなぜ遅いのか?
A)社会全体の晩婚化により、独身でも浮かない
B)女性の社会進出により、女性もキャリアを積んでから結婚・出産、が都会では常識
C)各分野の専門性が高まり、男女共に仕事で一人前になるのに時間がかかる
D)自立しなくても生活に困らず、精神的成熟が遅い
E)コンビニなどの発達により男一人でも生活に困らない
F)女性の社会進出により、女性も経済的に自立できる
G)ITの発達により一人暮らしでも孤独を感じにくい
H)結婚するメリットを感じない人が増えた
A), B), C), D)はここ数十年の日本社会の変化の結果として当然であるし、根底にはH)が根強く存在している。つまり、『キャリアを犠牲にしてまで積極的に結婚したいとは思わないから、仕事が一段落してからにしよう』という考えだ。
H)『結婚するメリットを感じない』は、E), F), G)の集約でもあり、加えて家族に対する価値観が大きく影響する。核家族や共働きの増加だけが原因ではないが、家族の絆がひ薄化した環境で育ち『家庭』に良いイメージを持たない(持てない)大人が増えている。『家庭=幸せ』ではなく、むしろ『家庭=しがらみが増えるだけ』という負のイメージしか持てない人にとっては、独身の方がよほど幸せだろう。もはや価値観の問題だ。
②なぜ出生率が低いか?
A)結婚年齢が上がると、必然的に生涯出産数は少なくなる
B)結婚しても子供を持たない、というのも選択肢となった
C)子作りは女性の仕事が一段落してから、という考え方が都会では常識化している
D)高齢出産が増え、自分もまだ大丈夫、と思ってしまう
B)『結婚しても子供を持たない』を敢えて選択するのは、『キャリア>子育て』の価値観があり、子育てによりキャリアを犠牲にするのを望まないためだろう。また、日本の未来に希望が持てないことも原因かもしれない。子供に明るい未来を与えられるならまだしも、子供を待ち受けるのは負債だらけの社会であり、子供が可哀そうだから作る気にならない、という声も聞く。
D)『高齢出産』に対する抵抗がなくなってきており、特に都会では高齢初産が増えている。実績をあげてから出産、高齢出産当たり前だし大丈夫、という思いも理解はできるが、まず、『高齢出産でも大丈夫』という考えは捨てて欲しい。高齢になるほど出産・分娩に伴うリスクは上がり、産後の回復も遅くなる。そして何より子育てが大変だ。子育てがどれ程大変で体力を必要とするか。仕事が人生の全てではない。家族・子育てに対するpriorityをもっと上げるような教育・国民の価値観の矯正・啓蒙が大切となる。
問題の根源はどこか。
便利になった社会そのものは悪くない。甘んじた人間が悪い。
少子化問題を根底から変える対策は、まとめると以下の二点。
Ⅰ.『家庭のイメージ』を根本から変える。
Ⅱ.『日本の将来のヴィジョン』をはっきりさせる。
Ⅰ. 『家庭』に対して良い印象がなければ家庭を持ちたいとも思えない。『温かい家庭』を持ちたいと思えれば、一緒に温かい家庭を持ちたいと思う相手を探す。家庭に対する印象は育った家庭において培われるが、社会の変化に伴い家族の絆はひ薄化している。どうすれば変えられるか。こういう抽象的な問題は国レベルで啓蒙しても届きにくい。間に幼稚園や学校を介すると効果的ではないか。教育機関で親の啓蒙を行う機会を設けることで、草の根的にではあるが、長期的な日本社会の質の改善に繋がると考える。
Ⅱ.自信を持って次世代に託せる日本社会の未来像を描かなければ、子供を作りたくないと国民が思うのも無理はない。安心して子供を産むために必要なのは、目先の補償よりも、長期的な補償である。来年の子供手当の財源確保で右往左往している場合ではなく、数十年先を見据えた国家戦略、具体的な数字を掲げて動き出すべきだ。明確なヴィジョンを国民に示すことで、日本の将来への国民の失望感を挽回でき、強いては、徐々にではあるが少子化是正に繋がるはずだ。
人口減少は必至であるし、人口減少に備えた社会整備、移民受け入れなどの対策も考慮するのは当然だが、それだけでは『日本国家』というものが骨抜きになりかねない。日本なりのアイデンティティを維持するためには『根治的治療』にも着手しなければならない。
(稲葉可奈子 三井記念病院産婦人科 医師)
コメント
少子化の原因は、煎じ詰めれば「社会環境の変化」とそれに伴う「個々人の価値観の変化」だ、という点に異論はありません。
枝葉の部分でなんなのですが。少子化原因として「非婚化」「出生率低下」を同列に並べるのは人口学の常識が示すロジックからすると瑕瑾がありますので気になりました。
「出生率の低下」が(厳密には死亡率の低値安定と合わせて)少子化の直接原因なのは良いのですが、「非婚化」は直接的な少子化の原因ではなく(晩婚化とともに)「出生率低下」の原因だからです。人口学の示す少子化の因果関係は、
「非婚化」&「晩婚(晩産)化」→「出生率低下」→「少子化」
というクレードルとして説明されるのが普通です。稲葉氏が○1/○2のそれぞれで列挙された理由はいずれもそれなりに妥当と思われますが、Bを除いた○2部分については晩婚(晩産)化の理由として整理するのが普通だ、ということです。(ちなみに「非婚化」原因でも「晩婚化」原因でもない○2Bは、有配偶者の出生率低下が小さいことから、普通日本の出生率低下原因として重視されません)
ちなみに稲葉氏がおっしゃるとおり、「子育て支援策は直接的な少子化対策として無意味(もしくはあまりに迂遠)」というのは人口学での常識です。そして少子化への対策であれば稲葉氏のおっしゃる「だから価値観を変えていくよう啓蒙しよう」という方が論理的に正しい根本原因に対する正面からの対策と言えると思います。
ただし現実論としては、「啓蒙」とはあえていえば「思想矯正」に類する施策なので、実施可能性と成功可能性の双方(そんなキャンペーンできるの?キャンペーンや教育で人の価値観が変えられるの?)で空理空論に近いのではないかという危惧を抱いてしまいますが・・・
二人の娘(19歳、14歳)の父親です。
先生には申し訳ないがやはり、ネガティブな社会情勢を教えるのが先立ってしまう。
1) 結婚のメリットを感じない
2) 家庭のイメージをかえる
3) 日本の将来のビジョン
しかし娘たちと長く生活してくると、日本の社会は女性に厳しいと思う。
まず結婚そして出産 妻の尋常ではない陣痛立ち会いました。もうこりごり・・私が人間的精神的に耐えられない。安産だってあるが難産だってある。
次に家庭で圧倒的にDVの被害者は、女性と子供です。ニュースになるの、ほとんど男性が引き金です。女性と子供の駆け込み寺、日本では不十分。私はお酒は飲みません。自分の父の理不尽な酒乱・暴力を覚えているからです。娘たちには、お酒を飲んだときの変化の状況を注意するように・・・と早くも注意しています。長女には大学でまず「ジェンダー論」専門に関係なくしっかり学ぶように言ってます。
そして教育と姑、子供が個性的であるとまず母親が標的にされます。姑に追随して当たり前、オカアサマの介護当たり前、そんな古典的なしがらみ、ウザイほど残ってる・・
最近では「ゲゲゲの女房」半ばあきれて見ていました。美しい音楽とか会話でゴマかそうとしていますが、日本の女性からの精神的肉体的搾取・・戦前のころとあのドラマのレベルでは大差ないように思う。それで満足を感じられるなら幸せかもしれないが、娘たちほとんど拒絶反応に近い・・
普通の好奇心もつ女性ってか、人間なら誰でもああいった生活は耐えられないと思う。精神的にも肉体的にも、美徳でもなんでもない。
何も結婚だけが幸せでなく、女性中心の社会に移行し、少子化・人口減少は受け入れて、ゆっくり沈み行く大国なんだ・・ってしっかり自覚してライフスタイルを考えてみるのもいいのでは?
ああもちろん、長女には恋人、次女にももうボーイフレンドいます。少しさびしいけど現代社会仕方ないと思います。
志と熱意は分かりますが、無理があると思います。
本文中に出てくるように「文明の便利さに伴う晩婚化は、人間の甘えで悪だ」という考え方を絶対視させるには北朝鮮なみの独裁と情報統制が要ると思います。
なぜなら、世界には個人が一つの考え方に支配されず自由に生きられる地域が沢山あるからです。
派遣法改正などにも見られる考え方ですが、このような北風政策は、開かれた社会では上手く行かないと思います。
文化的に日本では困難かも知れませんが、一部ヨーロッパ諸国でやっているような、シングルマザー支援や結婚制度の緩和のような太陽政策の方が効果があると思います。
物質的に豊かになると出生率が下がる(GDPと出生率が反比例する)のはすでに証明済みと思いますが、ここで「先進国で出生率を上げる方法」を考えるよりも、「途上国で出生率が高い理由」を調べたらどうでしょうか。
極端な例で、アフリカなどがなぜ出生率が高いかと言えば、子供が親の老後を助けてくれるという意識があるからではないでしょうか。
とすれば、老人の資産が少なくなることが明確になれば、出生率が上がる可能性が無いでしょうか。
国全体のGDPを下げなくても、世代間格差を是正すれば出生率も上がる… というのは夢の見過ぎかもしれませんが試してみる価値があるように思います(もちろん、格差の是正方法を子供手当などに求めるのは間違っているでしょう。相続税のアップとか、60歳以上の年功逆序列とか、老人側を途上国に近づける方策が有効に思います)。
言っておられる趣旨は理解できますが、長期的な補償は不可能でしょう。 正直に将来像を描くと、あまりに暗いものになってしまい、国民に提示できないというのが現状ではないでしょうか。 年金の予測にしても、出生率の楽観的な予測に基づかないとひどいことになるので粉飾しないと提示できない、そういう状況にあるのです。
私は、将来、こんなにひどいことになるけれど、みんなで頑張ろうという正直なところを政府に出して頂き、皆で覚悟を固めて増税などの負担増を呑む以外に選択肢はないと思います。
インチキな楽観論はもうやめるべきではないですか。
>>結婚するメリットを感じない人が増えた
ここの解説で最も重要なことが欠落してます。恐らく筆者が女性だから分からないのでしょう。男にとって最も重要な結婚の目的は性欲の処理です。草食系の若者男性で性欲を感じない、あるいは精液中の精子の数が減っているという報告と結婚率低下の現象はほぼ同時進行で起こってます。この原因については社会のストレスの増大、環境ホルモン原因説などがありますが科学的に解明されていません。
もう一つ重要なことは、最近性欲の処理は結婚以外でも経済的に簡単に可能になっていることです。ビデオやインターネットでポルノ映像は安価に手軽に入手可能で利用している独身の若者達は非常に多い。また特に東京ではもぐりの風俗店の数は最近非常に増えている。風俗店が禁止されている地方では所得に関係なく出生率が高く、東京で出生率が最も低いことが私の説を裏付けている様に思います。
>問題の根源はどこか。
生物の2大本能は個体生存と種族維持だと聞きました。個体生存については説明する必要が無いでしょう。問題は種族維持です。この事は我々が本能レベルで子供を持ちたいと思っている事を示していると考えます。一部で言われるようにこれは単に遺伝子だけの問題ではなく、自分の生き方、考え方などの後天的な要因も含んでいると考えます。だからある意味、弟子とか生徒とか後輩、後継ぎとかでも代換出来ます。
ところが、この本能を見えなくさせているのが「近代的自我」って奴だと思うんです。自分の人生という芝居で主役を演じたいけど思ったように行かない。これが近代の苦悩だと言います。じゃどうすればいいのでしょうか。
私が存在するためには、父親、母親その両親そのまた両親と膨大な数のご先祖様が必要です。その人たちがいて、初めて自分がある。この事を思えばいいのです。ご先祖様の思いに応えるにはどうすればいいのか。私は鎖を連想します。単なる鎖の一つの環に近代的苦悩はありませんから。ご先祖様より続いてきた鎖、自分のところで終わらせるのはいかほどの不孝者でしょう。次の環を作る事、そしてその環がそのまた次の環を作れるように育てること。これに尽きます。みんなやっている事ですが、簡単じゃありませんよ。なんせ、あの太閤秀吉でさえ失敗してますから。
少子化の主因は非婚化であり、非婚化の主因は、結婚の社会的意味が変化したからでしょう。今の日本では結婚は個人が主体的に選択するものであり、理由(つまり恋愛感情)を必用とする行為だと認識されていると思いますが、70年代頃までは必ずしもそうではなかった。稲葉さんの現状分析はこういう変化を見落として、過去においても現在のように結婚が個人の自己決定に委ねられていたかのような誤った仮定に立っている気がします。
全面的に賛同したいが、所得については子供の
養育に要する費用を考えた場合には、人口維持に
重要な第二子以降の出生に影響があるのでは
ないかと思います。これは子供の養育に要する
費用を社会がどの程度負担すべきかという議論
とともに重視すべきであると思います。
アゴラ内のコメントでもそうした傾向があるので
すが政策を考える場合に、経済的な要素につい
ては当然ながら非常に考慮されるのですが、少子
高齢化等の問題について、それが生きた人間の
問題としての具体的イメージ。生まれ、育ち、働き、
産み育て、そして老い、死を迎えることで、
世代が続いていくということが軽視され、若者が
子供を産める環境を守るための社会的規制を
軽視してしまう。
これではライフサイクルに関わる社会問題を
考えることは出来ず、あらたな問題を再生産
させるのみでしょう。
Ⅱに述べられる長期的な政策にはこうした
社会的規制の整備が必要であると思います。
専門的な視点からの意見はありがたいことで、
これにつづくさらなる提案を期待します。