薬剤服用歴管理指導料という2100億円の無駄遣い

井上 晃宏

 今年度の事業仕分けでは、調剤報酬(薬局が薬を引換に徴収するお金)の中の「薬剤服用歴管理指導料」が対象とされるはずだった。しかし、諸般の事情によりこれは見送られた。


 薬剤服用歴管理指導とは何か。薬局で、調剤の内容を帳簿に記入し、かつ、患者に情報提供をする作業である。たったこれだけの作業に30点(300円)が支払われる。記録作業はコンピュータ化されているので、作業時間はほぼ零である。患者への情報提供も、プリントアウトした紙を渡すだけなので、やっぱり作業時間は零に近い。
 薬歴管理は、患者が「いらない」と言えば、薬局は拒めないのだが、いちいち患者の意向を尋ねる薬局もないので、ほぼ全員から300円が徴収されている。
 処方箋1枚につき、たった300円でも、処方箋の年間総数が7億枚なので、毎年2100億円が全国民から徴収されている。

 薬剤師による薬歴管理や情報提供とは、調剤報酬を正当化するための欺瞞である。

 薬事法に規定があるが、本来的に危険物である医薬品の売買において、何を誰に売ったかを記録しなければならないのは当然である。売買記録の義務は劇毒物取締法でも規定されているが、それに報酬は支払われない。つまり、薬剤服用歴管理指導料なしでも、記録は行われる。
 薬歴とは単なる売買の記録ではない、医師のカルテのようなものであり、治療に役立つのだと言う人がいるが、薬歴が処方変更理由になる事例など滅多にない。
 複数医療機関から出た処方箋を、一つの薬局が集中して応需して(かかりつけ薬局)、併用禁忌や重複投与をチェックして、処方した医師に疑義照会をして処方変更が行われるのならば、薬歴管理にも意味があるかもしれないが、患者は特定薬局のみを使ってはいない。病院や診療所の直近の薬局に行くのである。かかりつけ薬局とは、それを強制する制度がない限り、機能しない。
 病院の隣に作られた”門前薬局”ですら、移動するのが面倒くさいと評判が悪いのに、特定の薬局でなければ薬が手に入らないという不便な制度を国民が納得して受け入れるとは思えない。

 「薬剤師による情報提供」にも問題がある。与えられている情報が処方箋だけなので、医師がどういう意図で処方したのかを薬剤師は知らない。一つの薬に複数の適応があるので、処方箋から病名はわからない。よって、突っ込んだ説明はできず、一般論を言うだけだから、製薬会社の添付文書を渡すのと大差ないし、実際、紙を渡すだけで終わってしまっている。
 この問題は薬剤師にも認識されていて、薬局で患者に病状を尋ねたりしているが、この問診のような業務は、医師に散々話していることをもう一度答えなければならない、二度手間であるとして、患者に評判が悪い。単に話を聞くだけであり、処方内容がそれで変更されるわけでもない。説明内容が変化するだけである。
 患者への「問診」で疑義照会となるケースはほとんどない。処方箋の書式が間違っているとか、用量の桁が違うとか、字が下手で読めないとかいう理由がほとんどなのである。こんな「疑義照会」は患者と話をしなくてもできる。

 こんな医療費の無駄遣いが一向に廃止されないのは、フリードマンも言うように、規制や政府支出の利益は圧力団体に集中するのに大して、不利益は国民全体に拡散してしまって、一人一人が痛みを感じないからだろう。

コメント

  1. ikuside5 より:

    なんとか管理とか、なんとか指導とか、ほんとに日本の保険行政ときたら、いろんなわけのわけのわからない名目でまったくの中身のない点数や単位をばら撒いて、それで医療福祉村の体系を維持しているみたいですね。本来はサービスを利用する側がなんの名目での課金なのかと気にすべきなのですが、そういうチェック機能が働かないのが最大の問題かと思います。

    介護保険の導入などもあり、ますます福祉行政の裁量の範囲は広がっており、保険行政の社会に及ぼす影響は限りなく広がっているように感じているところです。こういう新設される公的保険というのがまた曲者で、なにしろこれまで保険料を払ってこなかった人々への所得の移転みたいな、そんな話になっていると思えますので。まあ家族を持っている立場なら介護負担を緩和してもらえれば世代間格差などは感じないのかもしれませんが。