先日、日本を代表する大手ゼネコンの一角の大林組が中国からの撤退を決めたニュースが伝えられました。他の大手ゼネコンも中国からの撤退を検討中です。実は、このニュースこそ、グローバル化を急ぐ日本の産業全体の未来を占う上で重要なケーススタディになると思われるため、取り上げます。
大林組といえば、話題となったスカイツリーの施工を担い、建物の転倒に強いナックル・ウォール工法などで高い技術力を誇る企業です。こうした高度な技術力を武器に経済成長がめざましい中国、インド、東南アジア、中東やアフリカなど各国が競って、インフラ整備に取り組むビジネスチャンスが広がっている最中の出来事でした。
建設業界が海外進出を急ぐ背景には、景気後退などから国内建設市場の低迷があります。公共事業の減少などに伴い、日本の建設業界全体の09年度では建設投資は総額40兆円です。これはピークだった92年度の半分に落ち込んでいます。日本市場が低迷する中で建設業の従事者は537万人で減る一方です。業界全体は、シェアを奪い合う価格競争と厳しい工事期間を課されながら消耗戦を繰り広げています。この業界全体に漂う空気は、まるで日本全体を象徴するかのような重苦しいものではないでしょうか。国内市場規模は限られ、少子高齢化により大幅な人口減が予想され、ますます需要はしぼむばかりです。そんな中で注目されているのは、日本の高い技術力を支えに世界市場へ乗り出すことでした。大手建設会社は5年ほど前から高い技術力が評価され、海外工事を受注し、海外に軸足を移し始めていたのです。そこで待っていたのは、08年に起きたリーマン・ショックでした。世界的な金融不安と景気後退が待ち受けていたのです。
翌09年11月に中東バブルのシンボルだったドバイに激震が走りました。ドバイ政府が、ドバイ・ワールドの債務返済繰り延べを発表したことに端を発したドバイ・ショックが起きました。ここでドバイ政府が発注した無人鉄道システムの建設工事で、商習慣の違いによるトラブルが発生し、日本企業のコンソーシアムで約5000億円の支払いが滞りました。原因は世界経済という外部環境の影響もあるでしょうが、言葉や商習慣に疎い人為的なミスではないかと推測されます。というのも、当初より駅のグレードを上げて、工事変更があったため、工費が予定よりかさむことになりました。建設各社は、支払いの増額を求めているところへドバイ側は、予定された完成期日より遅れたために支払いを拒否したという事情があったようです。サッカーの試合に例えると、アウェーでの戦いで慣習的にロスタイムや延長戦があると思ったら、実は規定通り90分しかなかったということでしょうか。
育っていなかったグローバル人材
実はこうした契約変更があった場合のリスク管理者としての海外事情に詳しい人材がこの業界の中で育っていなかったことがあったからではないでしょうか。
本来ここで活躍できるのはグローバル人材です。グローバル人材とは、広義には海外での通訳なども含みますが、ここで必要なのは重要な一大局面の中で、会社の経営にも重大な影響を及ぼす経営判断を含みます。カントリーリスクが伴う海外受注では、リスク管理がいっそう重要視されます。中東の商慣習が分かる人材がいなかったため、不本意な出来事が起きたと言えます。
グローバル化に必要なことは、為替変動や現地の技能工の確保や災害、治安対策などになります。イスラム金融という特殊な商慣習にも長けていなければなりません。実は、ドバイで損害を被った三菱重工、鹿島、大林など、本社に外人のボーダーが見当たりません。中東、中国でつまずいた日系企業の失敗の原因は、本気で戦う策士が不足していたからではないでしょうか。
コンサルティング会社のアクセンチュア程近智社長は、今年の経営方針の中でアジア大会優勝した日本のサッカーチームを讃えながら「監督はイタリア人、決勝戦で優勝するゴールを決めたのは在日韓国人の選手。海外から集められた日本人選手とともに力を合わせたからこそ最高の力が出せたのです」と言い切りながら、「今の日本企業には外国人との混成チームになることが必要だ」と訴えました。
優秀な海外人材を取り入れて、アウェーの新興国市場へ再チャレンジすることが、もっとも重要なメソッドだということでしょう。大きく変わらなければいけないのは、実はトップの意識改革にあるのだと思います。
参照:大林組など大手ゼネコン、中国になびかず
産経新聞 2月9日(一部引用)
大手ゼネコン(総合建設会社)が、中国建設市場に対して慎重姿勢を強めている。大林組は9日、中国市場から撤退することを明らかにした。海外の建設業者が受注する際の資格規制が厳しく、現地での受注を伸ばすのが難しいと判断した。鹿島や大成建設なども中国では現地工事を伸ばせず、進出日系企業向けの建築受注に特化している。
(鈴木和夫 ジャーナリスト MBA diploma)