円高はアメリカの陰謀? - 『「失われた20年」の終わり』

池田 信夫

「失われた20年」の終わり ―地政学で診る日本経済「失われた20年」の終わり ―地政学で診る日本経済
著者:武者 陵司
東洋経済新報社(2011-02-25)
販売元:Amazon.co.jp
★★☆☆☆


「失われた20年」の原因についてはいろいろな説があるが、著者の仮説はユニークである。その原因はアメリカの仕組んだ円高だというものだ(要点はJBpressにまとめられている)。普通はこの種の陰謀説は問題にならないが、著者のデータは説得力がある。図のように80年代後半以降、円の為替レートは購買力平価に比べて2倍近くに上がり、これが強烈なデフレ圧力になったことは事実である。


問題はこの円高の原因は何かということだが、著者はその理由は日米安保体制の変質だという。1990年前後に社会主義が崩壊して日本を冷戦の橋頭堡にする必要がなくなり、その国力を落とすためにアメリカが円高を仕掛けたというのだ。ところが2010年代に入って中国が主要な脅威になったため、アメリカは再び日本を同盟国とし、円安に誘導するので失われた20年は終わる、というハッピーエンドになっている。

この話の通りであれば結構なことだが、残念ながらアメリカ政府が円高を具体的にどうやって作り出したのか、というメカニズムがまったく説明されていない。プラザ合意以降の円高は経常収支の不均衡によるものと解釈できるが、90年代に日本の経常黒字が縮小し、金利が低下した後も円高になったのは奇妙である。この時期にアメリカ政府が為替に介入した形跡はなく、したがって今後、アメリカが円安にするという予測も根拠がない。

20年にわたる長期不況を円高という一つの原因で説明しようとするのは、著者も批判するように日銀だけで説明するリフレ派と同じくナンセンスである。国内の投資不足や生産性の低下など、多くの複雑な要因が重なって20年が失われたと考えるのが常識だろう。ただ日本が不況に陥ったときに円高になったのは確かに奇妙で、私はこれについての合理的な説明を見たことがない。本書の「地政学」というような安易な説明ではなく、経済学的に合理的な説明を聞きたいものである。

追記:90年代後半にはデフレになったが、不況下の円高は90年代前半から始まっており、デフレは-1%前後なのに為替レートは数十%ポイント動いている。これは著者もいうように、円高がデフレの原因であってその逆ではないことを示している。

コメント

  1. 池田信夫 より:

    念のため補足すると、90年代前半もCPIは下がっており、為替レートとの相関はかなり高いので、デフレが円高の一つの原因であることは間違いありません。
    しかしインフレ率は80年代でも年平均2%程度、それが1998年に-0.5%ぐらいのデフレになっただけなので、これで半分以下になったドル/円レートを説明するのは無理。90年代前半には実質実効為替レートも1.5倍になっており、これはデフレが原因ではありえない。どちらかといえば円高がデフレの原因と考えたほうがいい。