先の記事にも書いたが、電子書籍が普及するためには、消費者の持つ次のようなニーズに応える必要がある。
1 どのネット書店でも、あらゆる電子書籍を購入できる
2 購入した電子書籍は、どんな端末でも読むことができる
3 年月が過ぎても、上の1と2が継続する
紙の本を購入する際には、三省堂か丸善でしか買えないという状況は考えられない。ネット書店にも同じ要求をしたい、というのがニーズ1である。今、電子書籍の市場は四分五裂の状態だが、市場が成長していくにつれて、ニーズ1は満たされていくだろうと期待している。
この過程では、ネット書店は価格とサービスの両面で競争することになるだろう。著作物再販制度の対象は書籍・雑誌、新聞及びレコード盤・音楽用テープ・音楽用CDの6品目であって、ダウンロード形式により販売される電子データは含まれないから、電子書籍なら価格で競争できる。ただし、出版業界の中には電子書籍を再販対象とするよう求める動きもあり、動向が注目される。価格競争の可能性とは無関係に、インターネットの特性を活かした形での、サービス競争は活発化していくだろう。簡単に想像できるのは、関連する電子書籍を的確に提示する検索サービス、識者のお薦めや読者の感想を流通させるソーシャルネット型のサービスなどである。
ニーズ2には二つの対応方法がある。一つは電子書籍の端末フォーマットを統一することで、DRMの問題を除けば、基本的には端末間の移動は簡単になる。しかし、端末フォーマットが事実上統一されるには、市場の成長(成熟)を待たなければならないから、年月がかかる。
第二は、電子書籍データはネット上に置いたままにし、端末側からの要求に応じて、その端末がサポートするフォーマットに合わせて、送信するという方法である。きちんと認証の手続きを経るようにすれば、その消費者が購入した書籍だけしかダウンロードできないようにできる。つまり、個々人がそれぞれ購入した電子書籍データをクラウド上に置き、利用するのである。
問題は、このような方法が法的に許されるかである。著者が同意すればもちろんOKだが、勝手にこんなクラウドサービスを提供すると、クラウド業者は送信可能化権と公衆送信権を侵害したと著者に訴えられる恐れがある。消費者が自炊したデータを、業者の知らない間にクラウドに載せて利用したとしても、クラウド業者は訴えられるだろう。この訴訟にまねきテレビに関する最高裁判決が適用されると、「受信者からの求めに応じて情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為」を行った、クラウド業者は敗れる蓋然性が強い。
まねきテレビ判決の以前にも、会員が音楽データをサーバに自分でアップロードし、それを会員本人の携帯電話にダウンロードさせて、好みの音楽をいつでもどこでも聴けるようにした、MYUTAは東京地方裁判所で敗れている。
このようなわけなので、ニーズ2が満たされるまでには年月がかかる。ニーズ3は、さらにその先のニーズである。電子書籍の市場は、期待が強いにも関わらず、当面はそれほど成長しないのかもしれない。
こういった問題を徹底的に議論するために、情報通信政策フォーラム(ICPF)では二つの集会を開くことにした。3月16日に予定しているのは、慶應義塾大学SFC研究所プラットフォームデザイン・ラボと共同で開催する「緊急討論会 まねきTV裁判の波紋:ネット配信と著作権を考える」である。3月29日には、ICPF主催で「シンポジウム 電子書籍をめぐる動向」を開く。大地震・大津波の直後ではあるが、日本を前に向けて進めるために、予定通り開催する。ぜひご参加いただきたい。
山田肇 - 東洋大学経済学部
その後、二つの会合はともに中止(延期)となりました。