ブランディングの視点から見た震災 - 青山 永  

アゴラ編集部

ブランディングに携わる者として、今回の震災をその視点から捉えてみたいと思います。
ポイントは下記の3つと考えます。
1)「ジャパンブランド」の顕在化と毀損
2)「コモディティとブランド」の関係
3)震災対応における「コーポレートブランディング」


今回の震災において、長期的な視点から最も深刻な問題の1つがジャパンブランドの毀損です。世界で最も安全に対しての要求水準が高く、それに対応した価値基準や技術力を持っていることで築かれたジャパンクオリティというブランドは、残念ながら原子力発電所の事故によって完全に否定されてしまいました。したたかさと論理性を欠いた政府の言動とメディアの煽動により、それがより悪い形で世界に流布していきました。
長い年月を掛けて築かれてきたジャパンブランドは、これまで多くの日本人自身に強く認識されていませんでしたが、皮肉にも今回の震災により、より多くの日本人に印象づけられるされることとなり、そして同時に傷物になってしまいました。このまま放置すれば、ジャパンブランドはじわじわとさらに価値を下げて行ってしまうでしょう。

これまでジャパンブランドを利用して観光立国を目指していた日本の政策は、それを復活させるために多大な時間とコストを掛けなくてはならないでしょう。本来、長い年月をかけた信頼の蓄積によって築かれるブランドも、現在は意図的に強化されることで短期間にその価値を高めています。これまでの「結果としてのジャパンブランド」から、「戦略的なブランドの構築」への進歩が期待されます。せめてもの救いは、被災者の方たちがとった高い倫理観に基づく行動は、日本の国民のブランド価値を高めたともいえるでしょう。

次の視点は「コモディティとブランドの関係」が変わったことだと感じます。
教科書的なブランディングにおいては、成熟した消費社会においては、あらゆる消費財がコモディティ化していくので利益率は低減し、その商品のライフサイクルも短命化していく。そこで何らかの差別化を行い、「特に選ばれ続ける」ためのブランド化を行わなければならないとしています。
しかし、今回の震災においては、コモディティの最たる物である、水やトイレットペーパーなどといった商品の重要性が当然のことながら再認識されました。これは被災地だけではなく、サプライチェーンが途切れてしまった流通の姿や、意外にも多くの人が行った買い占めという行為も巻き込んで、日本全体において、本当に必要な物はなんなのか、それは所有すべき物なのか、いくらでそれを買うのか、というブランディング以前の問題となり、物財に対する顧客期待値もリセットされてしまったと言えるでしょう。この状況は今後の消費行動にも影響を与え続けることになると思います。

また究極のコモディティとして電力をあげることが出来ます。これまで電力はブランディングから最も遠い位置にあったと言えますが、今後はどのような手段で作られた電力なのか、誰が作った電力なのかが意識されるでしょう。若干意味合いは異なりますが、そのクリエイティビティによって高く評価されているApple社が、データセンターの電力消費に関して、石炭由来のエネルギーを大量消費しているという事実が環境保護団体のグリーンピースによる調査で明らかにされ問題化している例もあります。

最後に、当事者が意図的にそう考えたかどうかは別として、震災対応によってブランド価値を高めた企業があったという視点です。例えば大手の流通企業は、その強固な物流システムと企業グループの総力を活かして、政府よりも確実に、正確に被災地への救援物資を運び入れることを実現しました。これまで地域社会の小売業を圧迫したという否定的な論調で語られることも多かったショッピングモールやその核テナントとなるGMS,また市中に展開するコンビニエンスストアなどが、今回の震災時において、救援物資の提供や、いち早く営業を行うということで、ライフラインの確保に貢献したことは、彼らのブランドイメージを大きく向上させたことは明らかです。
もちろん、彼らの物流システムは数多くの協力会社の集合によって成り立っている事も多く、例えば輸送トラック1つ取っても、その1台1台のトラックには個別の運輸会社の名前が入っている訳ですが、荷台に大きく書かれた「統一された1つの小売ブランド」として人々に語られることで、そのブランドは大きな恩恵を受けているわけです。

また、巨大企業の創業者などが、多額の寄付を行ったことなども、その企業ブランドのイメージを大きく向上させたと言えます。あえて意地悪な見方をすればですが、例えば携帯電話の例で言えば、本来であればこのような震災時おいて最も重要なのは通話品質自体であり、それを支える基地局やアンテナへの設備投資が問われるはずですが、その数千億円以上の投資を避けてきたことが問われるよりも、創業者の百億円の寄付によりブランドイメージを向上させることができたのであれば、安い物だったのかもしれません。

以上のように、ブランディング観点から今回の震災をとらえてみました。傷ついたブランドを建て直すのは、新たにブランドを確立することよりも難しい場合が多いです。今後の復興において、ジャパンブランドを再び輝かせるという視点も、時の為政者には持ってもらいたいと願うばかりです。
(青山永  株式会社齊藤三希子事務所 代表取締役)