筆者は最近、米シカゴ大学ラグラム・ラジャン教授の最新のベストセラー「Fault Lines(大断層)」を読んだ。あの100年に1回といわれた世界同時金融危機の発生に関して、そのメカニズムも含めて正確に予想していた、元IMFのチーフエコノミストである。そして筆者は、金融危機と今回の福島第一原子力発電所のシビア・アクシデントとの多数の類似性に驚いた。以下、筆者が気がついたことを書く。
類似点1: 政治的都合で軽んじられた合理性
2008年の金融危機までアメリカ経済はマクロで見れば非常に好調であったが、それでも中低所得者層へはなかなか恩恵が回らなかった。そういった国民の不満を紛らわせる安易な方法として、アメリカの政治家は「国民全員にマイホームを」という政策を掲げた。金融危機の震源地になったファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)やフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)などはアメリカ国民が住宅ローンをどんどん組めるようにするための半官半民の金融機関である。またFRBも少しでも景気が悪くなるとすぐに金利を下げてバブルを膨らませた。よくわかっていない評論家が「市場原理主義の暴走」などと簡単に片付けようとするが、金融危機の芽はこのようなポピュリズムに堕す政治介入の連続から生まれているのである。
一方で、日本の原子力政策も全くの国策である。化石燃料のほぼ全てを輸入に頼る日本が、エネルギー安全保障の点から原子力を推進してきたこと自体は間違っていない。アメリカの政治家が国民全員にマイホームを持たせたいと思ったことが間違いではないように。しかし反原発運動家との不毛な係争を避けるため「絶対安全」などという建前を掲げざるを得なくなってきたし、時に住民対策は非常に困難だった。建前が建前のうちはよかったが、いつの間にか建前が本音になってしまった。「絶対安全」の建前の下で官僚的で硬直的な許認可制度が作られ、本来なら当然の安全対策が疎かになってしまった。
いったん設計書が認可されると、その通りに作ることが至上命題となる。実際に作っているときにいろいろ気がつく改善点も多いのだが、間違いを起こさないことが建前の官僚組織に設計変更の申請をするのは極めて困難である。また非常に安全という建前があるので原子力事故に対する保険制度も貧弱なままであった。地元住民の避難訓練など、実践的な安全対策も行われなかった。そして、政治的コストを避けるために、いったん原発を受け入れた自治体に、多数の原発を隣接させてリスクを集中させてしまった。
類似点2: 甘美なテイル・リスク
金融の鉄則にリターンはリスクに対して与えられるというものがある。しかしいくつかの金融商品は殆どの場合は儲かるけど、損するときは非常に大きな損失を出す、というリスク・リターン特性を持つ。金融機関に雇われているサラリーマンや経営者にとって、時としてこのようなリスク・リターンは魅惑的である。20年のうち19年は順調に儲かるが、1年は大損するという外部からは分かりにくい取引を繰り返すことにより凡庸なトレーダーが、コンスタントに利益を上げる有能なトレーダーに変わる。経営者もこのようなテイル・リスクを取り、リターンを底上げするインセンティブを持つ。驚くことに、株主さえもテイル・リスクは悪くないのである。なぜならば皆リスクは限定されているからである。万が一、破滅的なことが起こったときは納税者が面倒を見ればいいのである。
原子力発電は炭酸ガスも大気汚染物質も排出しない。発電コストも極めて安価である。ただし、事故さえ起きなければ。
類似点3: 沈黙する当事者たちと間違った処方箋
最近、筆者のもとへ「日本のエネルギー政策」について取材させてくれという連絡がよくくる。今、メディアに出たがる人は皆反原発派で、バランスを取るために反原発派ではない人が必要だが、そういう人は皆取材拒否らしい。要するに今までの日本のエネルギー政策の本流の政策担当者や学者が全員沈黙しているのだ。
これには筆者も笑ってしまった。なぜなら世界同時金融危機の時も、よくわかっているであろう金融の実務家が誰ひとりとしてメディアに出てこなくなったからだ。そして実務家不在の中、反資本主義的な評論家や今までどちらかというと本流ではなかった金融学者が喧々諤々とこのような「過ち」が二度と起きないように「強欲な銀行家」をどう規制すればいいのか盛んに議論していた。
金融危機から3年経って様々な改革案が実施されつつあるが、どれも的はずれな気がする。あれほど問題だった大きすぎて潰せない金融機関に対する暗黙の政府保証は、暗黙でもなんでもないあからさまな政府保証に変わって、ますます競争環境がアンフェアになった。金融危機とはぜんぜん関係がなかった、株や債券などの自己売買部門の名前が変わったり分離されたりした。ボーナスは分割払いになった。
福島第一原発事故の過ちを踏まえて、なぜだか世間はこれからどれだけ太陽電池に税金をつぎ込むかの話題で持ちきりだ。きっとたくさんつぎ込むんだろう。
最後にひとつだけいい忘れたことがあった。金融も原発もどちらも必要だということだ。
コメント
世界同時金融危機と福島原発事故の類似点ですか。
どちらも『ある状況が続く』という仮定のもとに、最大利益を求めました。
世界同時金融危機の時には金の無い人にローンを組ませて家を買わせていました。家の値段が上がっていると問題はありません。しかし値段が下がってしまうと、金無しで家を買った人は困ったことになります。しかし、そんな事は『見ざる言わざる聞かざる』でした。
イケイケゴーゴー。このチャンスに多くの金をつかむのじゃ。
福島原発事故のちょっと前に『定期検査をずっとサボっていた』という事が発覚しました。故障などが無い状態では検査をサボっても問題ありません。しかし故障が発生すると、それが放置されてしまい悪化するかもしれないため困ったことになります。しかし原発村は『見ざる言わざる聞かざる』でした。
点検サボれば点検費用分の金が浮くぞ。
>最後にひとつだけいい忘れたことがあった。
>金融も原発もどちらも必要だということだ。
「金融」は必要と思うけど(交換手段だから)
「原発」は 「火力発電」に変えればいいんじゃない。
LNGは数百年分あるっていうし。
少なくとも日本では。
いつのまにか、「原発」OR「自然エネルギー」みたいになってるけど。
>原子力発電は炭酸ガスも大気汚染物質も排出しない。発電コストも極めて安価である。ただし、事故さえ起きなければ。
廃棄物がでなければ
日本が地震頻発の新期造山帯でなければ
平均稼働率が80%であれば >現在40%?
老朽化原発を動かし続ければ >30年超当たり前
安全対策を最小限にとどめれば >耐震基準はたったM6.5
安価である前提は現実逃避タラレバのオンパレードですね。
それと
”原発を擁護する”では
東電の売り上げから見れば事故が起きてもなお安価であると
言っておられませんでしたか?
上でも言われていますが
原発の代わりは自然エネルギーではなくGTCCで必要十分です。現実そのように各電力会社が動いています。
最後にひとつだけいい忘れたことがあった。「金融危機」も「原発事故」も「繰り返し起こる」ということだ。