成長期待の低下を心配する

池尾 和人

3月4日に「潜在的なニーズに応える供給が需要を作る」という記事を書いた1週間後に、東日本大震災が発生した。そのために、他のテーマの記事を先に書くことになって、当該の記事の中で予告した「もう1つの課題」について述べる機会をもてないままできた。しかし、私の基本的理解は、「東日本大震災の発生によっても、日本経済が抱えてきた課題は基本的に変化しておらず、ただより差し迫ったものになった」というものであるので、この「もう1つの課題」に関連して、ここで少々述べておくことにしたい。


この20年間の日本経済の状態は、(1a)需給ギャップを伴いながら(2a)潜在成長率を低下させてきている、というものである。換言すると、(1b)需給ギャップの解消と並んで(2b)潜在成長率の向上が日本経済の直面する課題であり、先の記事では(1b)についてもっぱら述べたのであるから、もう1つの課題とは、もちろん(2b)の潜在成長率の向上にほかならない。

ただし、(1a)と(2a)が対になって存在している、即ち、潜在成長率が低下しているにもかかわらず、長期間にわたって需給ギャップが解消しないということは、需要も供給と歩調を合わせて並行的に減退してきているということであり、先の記事で述べたように「需要面と供給面を截然と二分して対立的なものとして考える」のは適切ではなく、「需要と供給の間には相互フィードバックが作用することを正当に考慮に入れる必要がある」ということになる。端的には、成長期待の低下が、恒常所得(予想される将来所得の平均値)の低下を招き、需要を縮小させるといったメカニズムが作用していると思われる。

それゆえ、潜在成長率の向上を図ることは、実は需給ギャップの解消に資することにもなる可能性が大いにある。そうであれば、実は2つの課題は相互に補完的なもの(実質的には1つの課題)だと考えられる。逆に震災以後、標準的な見通しとは異なって、デフレ的な状況が持続しているのは、震災(とのその後の展開)が成長期待を引き下げたからだと考えることできるのではないか。

標準的な見通しでは、(フェーズ1)震災の直後には、生産の落ち込みよりも支出を手控える動きの方が大きく、貯蓄超過が拡大するけれども、(フェーズ2)復興需要が本格化すれば、GDPPギャップの急速な解消が見込まれることになる(例えば、小峰隆夫氏の記事などを参照のこと)。ところが、今回は、こうした標準的な見通し通りにならないリスクが存在するように思われる。

政治の機能不全があまりに著しいことから、復興需要の立ち上がりが阻害されてしまう懸念が払拭できないというのが、その理由の1つであるが、それだけではない。東日本大震災に伴って福島第一原発で重大事故が発生し、全国的に原発の稼働が停止に向かう中で、代替的なエネルギー源を即時に用意することは不可能であることから、電力制約が発生しているのみならず、将来の電力供給(とそのコスト)に関する見通しもきわめて不確かになっている。このことが、これまで以上に企業や家計の期待成長率を低下させることにつながっているとみられる。

供給と需要の相互作用がなければ、供給が制約されるようになれば、需要不足といった状況は否応なしに解消されていくはずである。ところが、供給制約→将来所得の見通しの下方シフト→需要抑制というメカニズムが働けば、話は別になる。すなわち、期待成長率の低下が大きなものであれば、それに伴う(上述のようなメカニズムを通じる)被災地以外の地域における消費や投資の抑制が、被災地における復興需要の高まりを相殺してしまう以上のものになる可能性が存在することになる。

こうした意味でも、潜在成長率を高めることは、いままで以上に日本経済にとって火急の課題になっていると考える(なお、そのためには何をすべきかに関連しては、不十分ではあるが、1年ほど前に書いた記事のこれこれを参照されたい)。

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池尾 和人@kazikeo