江田憲司氏のトンデモ財政学

池田 信夫

みんなの党の江田憲司幹事長が、「狼少年はもうやめよう!」というコラムを書いている。この手の「財政赤字は幻だ」という話は、夕刊紙などではよく見るが、公党の幹事長がこういうトンデモ理論を堂々と表明するのは困ったものだ。先週の記事では、彼はこう書いている:

よく「赤字国債は借金だから将来世代へのつけ回し」とされるが、国債をお金を払って買うのは現世代の国民で、その国債が償還される時は、その時の世代がお金を受け取るのだから、「つけ回し」どころか将来世代への「仕送り」とも言えるのだ。


この「江田理論」が正しいとすれば、日本政府はどんどん国債を発行して「将来世代への仕送り」を増やすべきだろう。財政危機なんて心配しなくてもいい。たとえば子ども手当を1世帯年100万円にすれば、国債の発行は毎年14兆円増える。それを子供が大きくなってから償還すると、彼らは毎年100万円ずつ増税されるが、それを「仕送り」として喜ぶだろうか?

問題はバランスシートの収支ではなく、その中身なのだ。政府支出が将来世代のための投資(かつての東海道新幹線や東名高速など)であれば、それは国民の債務と同時に資産を増やしているので、問題はない。しかし子ども手当のように親が消費してしまう政府支出は、子供に資産を残さないで税負担だけを残す。現在の政府債務の最大の部分は高齢者への社会保障支出なので、これは将来世代からの所得移転である。

きのうの記事では、江田氏はこう書いている:

ギリシャは、その70%を国外から借金した、そのツケが今来ているのだが、日本は国債の95%は国内で消化されている。だから、本当の日本(国)の借金は668兆円(平成23年度末の公債残高)×5%=34兆円。対GDP比率は6%にすぎない、とも言えるのだ。

これもよくある話だが、問題は国債の買い手が日本人か外人かではなく、彼らが国債を買い続けるかどうかである。邦銀は他に運用先がないから国債を買っているだけで、愛国心で買っているわけではない。国債の相場が下がり始めたら、売り逃げるだろう。全銀協の会長も「金利が一気に暴騰することも十分ありうる。10年サイクルではない。もっと近い。急いで対応を取らなくてはならない」 と言っている。

要するに、国債の残高がいくらだとか債権者が誰だとかいうのは、目安に過ぎない。本質的な問題は、政府債務の維持可能性なのだ。900兆円を超える政府債務をファイナンスするためには、今年度も160兆円を超える資金を市場から調達しなければならない。銀行が逃げて長期金利が上がり始めたら、財政赤字が雪ダルマ式に増えるばかりではなく、邦銀が危機に陥る。

国債保有者の75%は金融機関などの機関投資家であり、長期金利が1%ポイント上がると邦銀は9兆円の含み損を抱え、5%ポイントも上がれば債務超過になる。すでにメガバンクは、短期国債に換えてリスクを減らしている。問題は債務不履行(そんなことは日本では起こりえない)ではなく、金利上昇による金融危機なのだ。

江田氏のネタ元は、「増税なしで埋蔵金で財政を再建する」という高橋理論だ。民主党や自民党のように利益団体の足枷がないみんなの党は、政策でアピールできる優位性があるのに、リフレとか埋蔵金とかオカルト的な政策ばかり掲げるものだから、当てにしている無党派層の人気が出ない。

みんなの党も、いい加減に高橋洋一氏以外の普通の経済学者の意見を聞いてはどうだろうか。江田氏のような「財政は大丈夫」論の誤りについては、『日本経済「余命3年」:財政危機をいかに乗り越えるか』で一つ一つ解説したので、せめてこれぐらいは読んでほしい。