科学に期待しないで

村上 たいき

低放射線の人体への影響は低すぎて、なかなか統計的に意味のあるデータが得られません。なので細胞レベルで放射線を照射する実験が行われています。このような実験で、いろいろ調べれば、低放射線被曝したときの生物的影響も推定できるという思惑ですね。せっかくですので今日は、日本の研究を紹介したいと思います。


KEK(高エネルギー加速器研究機構)で行っている研究で、マイクロビーム(とても径の小さなビーム)で細胞に放射線照射した実験があります。この実験で、細胞質のみの放射線を照射しても、細胞は影響(死滅)を受けるらしいです。さらに、低線量域では、細胞質照射された細胞の生存率は、細胞全体照射のときとあまりかわらないそうです。この他、この実験で、照射していない細胞が死滅することがあるらしいです(バイスタンダー効果)。

本屋さんで売られている多くの解説書では「放射線の影響はDNAの棄損が主因」と書かれています。しかし、上記のように、それに反するデータも多く存在します。私個人の感覚ですが、放射線生物学の研究者の間で「放射線の影響はDNAの棄損が主因」と思っている人はそれほど多くないと感じています(あくまで個人的な感想です)。数年前までは「DNA棄損だけが原因でない」データが並んでいるのに結論は「DNA棄損」だと結ぶ、変わった論文が出ていました(本当かどうか知りませんが理由は「そうしないと査読を通らなかった」だかららしいです)。ただ、ここ最近「DNA棄損だけが原因でない」と明言している論文も増えてきたらしいです。

いろいろ書きましたが、結局のところ「よくわかっていない」というところでしょうか。ところで、今後、多くの実験が行われて、低放射線における生物的影響のメカニズムがわかってくれば、科学は人々に安心を与えられるでしょうか?

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科学者は「断言」を避ける傾向にある気がする。絶対安全とも絶対危険ともいわず確立や度合いで話をする。それに大して世間は断言や判断を求める気がする。
(tweet by aichi_kwmrt )
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上記は前回の私の記事に対するつぶやきです。とても面白い意見だと思いましたので、取り上げさせていただきました。科学の定義はいろいろあるのですが(反証可能、パラダイムなど)、基本的には科学とは絶対ではありません。むしろ絶対でないものを科学と呼びます。逆に絶対と言い切るのは宗教などの類になります。なので断言を避け「絶対」と言わないのは、それは科学的なものの見方をしてると言っても良いかと思います。

aichi_kwmrt様がおっしゃるように、放射線に関して「絶対」を期待していらっしゃる方が多いかと思います。しかし残念ながら科学はこれには応えられません。おそらく宗教家、活動家、政治家のほうが望むもの(「絶対」)を提供してもらえるかと思います。前回の記事で「一般の方々に、必要以上の不安を与えることを防ぐことが専門家の責務」とかきました。しかし、いくら科学がすすんでも、科学が世間に安心を与えることなど期待しても到底無理な話なのかもしれません。

村上たいき (モンテカルロblog)